残業代コラム
残業代コラム
2020年4月1日より、改正民法の施行とあわせて改正労働基準法も施行されたことで、未払い残業代の時効が2年から3年に延長となりました。紆余曲折を経て当面の時効が3年に延びましたが、ここでは延長に至った経緯と、今後未払い残業代を請求するにあたっての時効に関する注意点について解説します。
残業代を請求できる期間制限(時効)について、2020年4月の民法改正で一般の債権の消滅期間が10年から5年に改正されることをきっかけに、残業代の時効もあわせて5年とするか否かが長らく議論されてきましたが、2019年12月27日に開かれた厚生労働省での労働政策審議会分科会で、当面はこの時効を「3年」とする方針が決まりました。
その後、2020年1月10日に行われた分科会の中で、「労働基準法の一部を改正する法律案要綱」について、おおむね妥当と考えるとの判断がなされ、「労働基準法の一部を改正する法律案」が2月4日に閣議決定された後、衆参両院で可決され、残業代の時効を2年から当面は3年とする改正労働基準法が成立しました。
残業代請求の消滅時効が3年となりましたが、注意しなければいけない点があります。時効が適用されるのは2020年4月1日以降に支払われる賃金からが対象となるため、最低でも2022年4月を過ぎないと2年分以上の残業代は請求できないという点です。
そのため、時効が3年になったその日(2020年4月1日)に残業代請求を行っても、過去3年に遡って請求することはできません。(この場合、2020年4月から2年分までしか遡ることができません。)
つまり、改正法により時効消滅しない最大限である3年分の未払い残業代を請求しようとすると、最低でも2023年3月以降でなければなりません。ただし、2022年7月時点でも、2年分を超える請求が可能となっています。
働き方改革によって残業に対する根本的な考え方や、コロナ禍によるテレワークの普及など、社会を取り巻く状況の変化にあわせて企業側でも労務管理・残業代対策が進み、違法な未払い残業はコンプライアンス遵守の観点からも、大きく是正されていく可能性があります。
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前項でも触れましたが、2019年12月24日に行われた厚生労働省の労働政策審議会分科会においては、主に労働者側の委員の立場から、残業代の時効も5年にするべきではないか、という主張がなされていました。
当初は、2020年4月施行の改正民法による債権の消滅時効期間が5年に改正される点にあわせて、残業代の時効も5年に統一すべきだとの意見があったのです。
しかし、企業側の委員からは、特に中小企業の負担が大きいため、残業代の時効は2年間で据え置きにすべきだとの強い反発が示され、お互いが譲らず平行線をたどっていました。
そこで出てきたのが「3年」という、折衷案ともとれる期間での提案でした。もし、いきなり5年間まで時効期間が延びてしまうと、企業側としては、賃金台帳などの記録を長期間管理する負担や、時効期間にあわせた労務管理体制の整備などの対応に追われることになってしまいます。
そこで、基本は民法の規定にあわせて未払い残業代請求の時効は「5年」としつつも、当面は経過措置として「3年」で適用するという方法は、落としどころとしては妥当なのかもしれません。
未払い残業代請求の時効について、当面は3年で適用するとお伝えしましたが、「当面」とはどの程度の期間になるのでしょうか。
「労働基準法の一部を改正する法律(令和2年法律第13号)の概要」の、改正の概要/検討規定に、「本改正法の施行5年経過後の状況を勘案して検討し、必要があるときは措置を講じる」と記載されています。
この記載から判断できるのは、5年後の2025年に時効の運用を再度検討するとの内容から、おそらく2024年を過ぎたあたりで、未払い残業代の時効を5年に延長すべきかの議論を行う可能性があります。
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では、未払い残業代の時効が5年となった場合、どのような影響が考えられるでしょうか。
今後、残業代請求の時効が5年となれば、請求されたときの経営リスクが高まることから、労務管理を徹底する企業が増える可能性があります。
近年はさまざまな分野で人材不足となり、その対策が求められています。ITの本格活用やDXの推進、ロボットの開発・導入など、無駄な残業を行わないための施策が企業で進めば、先進的でワークライフバランス・労務管理の行き届いた会社に成長できるかもしれません。そうなれば、より優秀な人材を確保でき、業績を伸ばす企業もでてくるでしょう。
会社側も、残業に対する認識を大きく変えていく可能性が考えられます。働き方改革とあわせ、より成果型の企業体質にするため、労働者に残業をさせなくても会社の業績が伸ばせるような制度設計に変化していくかもしれません。
すなわち、働いた時間から給料を算出するのではなく、出した成果によって会社の利益を配分する、という傾向の人件費構造にシフトしていく可能性もでてくる、ということです。
仮にこういった動きが加速していく場合、従来とは異なり、いくら長く仕事をしていても評価されず、成果をあげられなければ会社に居づらい、などの悩みを抱えてしまうかもしれません。現状では格差を加速させてしまう点もあり、多くの議論が必要となるでしょう。
もし、企業が違法に残業代を支給せず、5年分の未払い残業代を請求された場合、残業状況によっては多額の支払いが発生し、会社の経営が大きく悪化する可能性もあります。
このような請求を複数の従業員から行われた場合、中小・零細企業では倒産するリスクも現実味を帯びてくるでしょう。
例えば、2年の未払い残業代請求額が100万円だった場合、実際には残業時間が同じとは限りませんので、あくまで単純計算になりますが、5年だと2.5倍の250万円になってしまいます。
請求できる金額が大きくなればなるほど、また期間の延長により請求しやすくなればなるほど、労働者の残業代に対する意識が高まると考えられますから、未払い残業代を請求する方も増えていくでしょう。
このため、今後時効が5年に延びるとすれば、残業代請求は、もはや大都市圏・大企業内部だけの問題ではなく、地方の中小企業にとっても死活問題になるものと考えられます。
請求できる期間が5年に延長されると、退職した後でも請求できる未払い期間の範囲が拡がります。例えば時効2年のとき、退職して1年後に未払い残業代があったことに気付くと、その時点で請求できる未払い残業代は遡って1年分です。
しかし、時効が5年間になると、退職して1年後に未払い残業代があったことに気付いても、その時点で請求できる未払い残業代は遡って4年分になります。この3年間の差は大きいといえるでしょう。
また、請求できる期間は、時効が2年のときの2.5倍に伸びることで、請求できる金額も2.5倍請求できることになります。蓄積した残業代が2.5倍になると、その額は高額になる可能性もあります。
残業代請求権の時効が延長されれば、未払い残業代が発生している労働者にとっては、よりご自身の権利が拡充される可能性が高くなります。多くの未払い残業代を請求できる可能性が高まり、時効が理由で泣き寝入りするケースも減少していくでしょう。
一方で企業側は、労務管理体制の整備を徹底するなどコンプライアンス遵守の意識が高まり、DXの推進などデジタル技術を応用・導入しながら、無駄な残業を抑えて効率的な組織運営を意識するようになると考えられます。
時効が延長されることにより、労働者と企業側双方で「無駄な働き方をしない」「有効な技術を用いてよりよい労働環境の構築を進める」という意識改革が求められることになりそうです。
小湊 敬祐
Keisuke Kominato
働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。