介護職の未払い残業代請求に向けた準備について

介護福祉士、ケアマネージャー、ホームヘルパーをはじめとする介護職は、不規則な勤務時間や身体的負担の大きさ、待遇面の不満などから人手不足が常態化していると言われています。

全労連による2019年度版介護労働実態調査によると、施設介護労働者は4人に1人の労働者に不払い残業があると報告され、人手不足と深刻な労働実態もあわせて記載されており、現場の労働環境の厳しさが伺えます。

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全国労働組合総連合:2019年度版 介護労働実態調査

しかし一方で、公益社団法人 介護労働安定センターによる「令和3年度 介護労働実態調査結果について」によると、1週間の残業時間数について無期雇用職員の「残業なし」が56.3%、有期雇用職員では65.8%となっており、5時間未満の残業についても無期雇用職員で24.2%、有期雇用職員で20.0%であることから、労働時間だけを見ると業界全体で健全な体制にあることが伺えます。

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公益財団法人 介護労働安定センター:令和3年度介護労働実態調査 介護労働者の就業実態と就業意識調査 結果報告書

これらの数値から、介護現場では適正な労務管理が行われている事業所と、不適切な運用をされている事業所の2極化が進んでいると考えられ、不適切な労務管理をされている事業所のなかには残業代を不払いにしている事業者も多いと推測されます。

近年は新型コロナウイルスによる感染者の増大が原因で、細心の注意を払っていても介護施設内でクラスター感染が発生するなど、利用者が亡くなるケースも相次ぎ、介護職員の負担もより増大しています。

ここでは、介護福祉士、ケアマネージャー、ホームヘルパーなど、資格の有無に関わらず介護職に従事している方の残業状況や残業代請求に向けたポイントについて解説します。

この記事の内容

介護職(介護福祉士、ケアマネージャー、ホームヘルパーなど)で未払い残業代回収に向けての有効な証拠とは?

介護福祉士、ケアマネージャー、ホームヘルパーなどをはじめとする介護職に従事されている方は、訪問介護などの居宅サービス、特別養護老人ホームなど施設サービス等の形態で勤務されていると思います。

施設により慢性的な人手不足が残業に繋がっているといわれる介護職で、残業代が未払いになっている場合、どのような証拠の収集が必要になるか、具体的な内容をお伝えします。

タイムカードをはじめとした出退勤の記録

タイムカードは出退勤を明確に記録しますので、一斉打刻などの悪質な運用がなければ、残業の状況を確認する上で重要な証拠となります。可能な限り控えをとっておきましょう。

勤怠管理システムを導入している場合、データで出退勤を明確に記録しますので、こちらも残業の状況を確認する上で重要な証拠となります。可能な限りデータの控えをとっておきましょう。

介護職の場合、急な介護・介助の対応や、業務引き継ぎ、介護記録の作成など、残業して対応したり、施設によっては始業時間よりも30〜60分前に出勤し、引き継ぎ内容をはじめその日のスケジュール確認などにあてる「前残業」と呼ばれる労働が常態化しているケースもあり、こうした記録を控えておくことは重要です。

就業規則・雇用契約書

ご自身が勤務されている介護事業所の就業規則と雇用契約書には、給与及び雇用形態が記載されており、時間外労働に関する手当内容が記されていることもあるため、未払い残業代を割り出す上で重要な資料となります。

介護記録などの記録

ご利用者にどのような介護サービスを行ったのか、客観的事実を介護記録として正確に記載しなければなりませんが、その対応時間も記録していることから、その日の介護内容の実態を確認することができます。

そのため、残業をしているケースでは、より正確な時間を把握できる可能性もあることから、介護記録はときに重要な証拠資料となり得ます。

しかし、ご利用者の個人情報が記載されているため、これらの記録を残業代請求目的として個人で控えをとることは問題となりますので、個人による持ち出しは行わないようにしてください。

証拠として介護記録が必要となるかは、弁護士に相談・依頼をして対応・検討されるとよいでしょう。

ここまでお伝えした資料を準備しておくことで、残業時間をきちんと把握することにもつながり、未払いとなっている残業代も正確に割り出すことができます。

介護職に従事している方は、面倒でもこれまでにお伝えした資料を残すようにしましょう。

介護職でトラブルになりがちな「勤務形態・給与体系」について

介護福祉士、ケアマネージャー、ホームヘルパーなどをはじめとする介護職で、未払い残業代を請求する際にポイントとなる証拠資料を紹介しましたが、これらの資料を事前に収集しておくことで、単に残業の事実を示すだけではなく、施設側と意見対立した際に、より有効な証拠となり得ることもあります。

次に、施設側と意見対立しがちな勤務形態や給与体系について解説します。

固定残業代制を採用しているケースについて

固定残業代、または定額残業代、みなし残業代は「いくら残業しても残業代は固定」という意味ではありません。「一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金」のことです。

そのため、固定残業代に含まれる一定時間分の残業を超えた場合には、別途残業代が発生しますが、一定時間分の残業を超えても残業代を支払わない悪質な事業所もあるため、日々の労働時間はしっかり管理しておきましょう。

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固定残業制(みなし残業制)について

介護主任や施設管理者は管理監督者にあたるため残業代は発生しないと言われているケースについて

介護職において現場主任や施設管理者の役割を担当している場合、リーダーとして介護職の方へ指示したり施設全体の管理を任されている場面が多いことから、すでに管理監督者としての地位を有していると思われがちです。

しかし、介護主任や施設管理者が管理監督者かどうかは職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇を踏まえて判断されます。管理監督者である場合、残業代は出ない代わりに、出退勤時間や勤務時間を自分の裁量で決めることができ、その地位と責任に見合った給与が支払われなくてはなりません。

そうでない場合、介護主任や施設管理者は管理監督者とは認められず、残業代を請求することができます。

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介護職を取り巻く現場環境の問題について

もともと介護職に従事している方は、給与水準が低く、利用者の暴言による精神的な苦痛を受けたり、入浴や移動などで体力を使う場面も多く、厳しい労働環境にあると実感している方が多いかもしれません。

また、コロナ禍により、利用者のクラスター感染が発生しないよう、細心の注意を払う介護職の過酷な勤務実態も明らかとなり、労働環境の厳しさを理解された方も多いと思います。

介護職に従事している方で残業代が未払いとなっているケースでは、業界特有の事情も考えられます。

介護報酬の減少がもたらす問題について

介護事業者は、介護保険の適用となる要介護者または要支援者に介護サービスを提供すると、その対価として介護報酬が支払われます。

介護報酬は、ご利用者の自己負担額と国や自治体から出る保険料及び税金から賄われています。

介護報酬は3年ごとに国が改定を行い、直近では2021年(令和3年)に行われていますが、介護事業者は毎月支給される介護報酬から事業所経費を引いた残りの金額を職員の給与として支給しています。

つまり、介護事業者は介護報酬が事業収入に直結しているため、介護報酬の改定で報酬率が下がると、職員の給与にも影響を及ぼしかねません。

物価の急上昇による経費増大も加わり、経営環境が厳しい事業者ほど、始業30分以上前からの勤務や時間外のミーティング・カンファレンス参加、時間外の介護記録の記載などをサービス残業として扱い、法律上支払うべき残業代を未払いにする事業者が出てくる可能性は十分に考えられます。

厚生労働省「令和3年度 全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料/総務課介護保険指導室」によると、令和2年度に介護サービス事業所が自治体より受けた行政処分(指定取消・効力停止)の理由として、介護報酬の不正請求がもっとも多く、平成26年度以降のデータをみても、不正請求が大きな割合を占めていることがわかります。

また、不正請求が行われた介護サービスの種類を見ると、指定訪問看護事業所が指定取り消し処分を最も多く受けていることも確認できます。

こうした不正請求が起こる背景のひとつとして、人材不足や人件費が影響している可能性もあります。

公益財団法人 介護労働安定センターが発表した「令和3年度介護労働実態調査結果の概要について」をみると、介護事業所全体における人材の不足感が60%を超えており、高い水準にあることが見て取れます。

人材不足を補うには、働きやすい職場環境のPRに努めることや、人件費を他の事業所よりもあげるなど、他事務所との差別化をいかに行っていくかも重要になると思います。

しかし、先に述べた介護報酬の事情を鑑みると、人件費をあげることは決して簡単なことではありません。

人手不足を在籍している介護職員に負荷をかけるかたちでカバーしつつ、さらに人件費を抑えたいという思惑も絡むため、サービス残業が発生しやすいのではないかと推測されます。

関連リンク

厚生労働省:令和3年度 全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料/総務課介護保険指導室(22〜23ページ) 公益財団法人 介護労働安定センター:令和3年度「介護労働実態調査」結果の概要について

介護職で未払い残業代の請求を検討している方は弁護士へ相談をする

少子高齢化が進む中、介護職員の人材確保は今後も大きな課題になっていることから、介護ロボットやICTによるシステムの積極的な活用が求められています。介護福祉士、ケアマネージャー、ホームヘルパーをはじめ、介護職に携わる方の事務作業の軽減や業務効率化にもつながることから、厚生労働省においても利用推進に向けてさまざまな啓発が行われています。

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厚生労働省:介護現場におけるICTの利用促進

各自治体で介護に関するICT導入支援に向けての補助金申請も行われていますので、こうした支援を積極的に活用し、介護職に携わる方の負担が軽減されることで、時間はかかると思いますがサービス残業をはじめとした未払い残業代の問題も、将来的には解消されていくかもしれません。

未払い残業代の請求については、ご本人で行うこともできますが、使用者側が前向きに対応してくることはまれです。また、在職中の残業代請求は、使用者側との関係性が悪化する恐れもあり、正当な要求であってもトラブルになることがあります。

そのため、未払い残業代の請求は、退職前に証拠集めの準備を進めておき、退職後に未払い残業代を請求する流れが多くなっています。

なお、弁護士を代理人に立てて残業代請求を行えば、介護事業者側は無視しづらくなるため、ご自身で対処するより適切な残業代の回収・交渉を進めることができます。

介護職に従事している方で、未払い残業代を請求したいと考えているときは、まず弁護士へ相談し、依頼をするべきかどうかを含め、検討されることをおすすめします。

未払い残業代の請求は弁護士へご相談ください

初回相談は無料です

この記事の監修

小湊 敬祐

Keisuke Kominato

  • 弁護士
  • 上野法律事務所
  • 東京弁護士会所属

働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。

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