製造業における未払い残業代請求に向けた準備について

製造業のなかには、三交代や二交代制を取り入れ労務管理をしっかり行っている企業もあれば、コンプライアンス意識の低い、昔ながらの労働体系で労務管理が曖昧になっている会社もあります。工場長や現場の管理責任者の中には、名ばかり管理監督者であるにも関わらず、誤った運用により残業代が支給されていないケースも見受けられます。

製造業の現場に従事している方は、常時三交代による24時間稼働体制にあれば、深夜勤務による体調管理の調整が大変になることはあっても、繁忙期などによる大幅な残業は多くないと思います。

しかし、製造ラインが日中のみの稼働を軸としている企業では、社会と需要の状況により、残業を大幅に増やして受注増に対応することもあれば、需要の減少により繁忙期を過ぎると、ほぼ定時で退勤となることもあります。

こうしてみると、製造業における残業の状況は必ずしも厳しくないように見えますが、厚生労働省が公表した「長時間労働が疑われる事業場に対する令和3年度の監督指導結果」の製造業での監督指導実施事業場数は5,797件、賃金不払い残業についても410件あり、ともに商業に次ぐ多さから、製造業は未払い残業問題を含め多くの問題を抱えていることがわかります。

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厚生労働省:長時間労働が疑われる事業場に対する令和3年度の監督指導結果を公表します 厚生労働省:長時間労働が疑われる事業場に対する令和3年度の監督指導結果を公表します(PDF)

調査実態からも、製造業における労働環境の厳しさを読み解くことができますが、ここでは、製造業における残業状況や残業代請求に向けたポイントについて解説します。

この記事の内容

製造業で未払い残業代回収に向けての有効な証拠とは?

製造業では、市場での需要増による大幅な残業の発生や、鉄鋼製造や化学製造の現場では危険を伴う作業もあり、製造製品によっては労働環境が厳しい業種です。

こうした環境では、労務管理が疎かになると重大な労災事故につながる可能性もあることから、本来は残業時間も厳しく管理されなければなりません。

しかし、悪質な製造業では時間外労働に対する意識が低く、他の手当でごまかしたり残業代そのものを未払いにしてしまうケースも見受けられます。

ここでは、こうした状況に備え、過去の残業代を回収するにはどのような証拠の収集が必要になるか、具体的な内容をお伝えします。

タイムカードをはじめとした出退勤の記録

タイムカードは出退勤を明確に記録しますので、一斉打刻などの悪質な運用がなければ、残業の状況を確認する上で重要な証拠となります。可能な限り控えをとっておきましょう。

勤怠管理システムを導入している場合、データで出退勤を明確に記録しますので、こちらも残業の状況を確認する上で重要な証拠となります。可能な限りデータの控えをとっておきましょう。

就業規則・雇用契約書

ご自身が勤務されている会社の就業規則と雇用契約書には、給与及び雇用形態が記載されており、時間外労働に関する手当内容が記されていることもあるため、未払い残業代を割り出す上で重要な資料となります。

パソコンのログ記録

製造業では、製造の各工程での仕掛りや不良品の発生状況をはじめとする進捗管理をパソコンで入力し、データで記録をとることが多くなっています。そのため、パソコンのログ記録も重要な証拠となります。打刻後に業務を行っていても、パソコンのログ記録は残りますので、残業実態を示す有効な証拠となります。

業務・作業日報

その日に行われた製造工程の内容や仕掛りの報告など、こうした記録も有効な証拠となります。実労働時間と当日の作業内容の詳細についても記録しておくとよいでしょう。

メールやチャットの送受信履歴

各工程部署の間で製造の進捗や仕掛りに関するメールやチャットの発信などを行っているのであれば、時間の記録が残りますので、ケースによっては残業の有力な証拠となります。

ここまでお伝えした資料を準備しておくことで、残業時間をきちんと把握することにもつながり、未払いとなっている残業代も正確に割り出すことができます。

製造業に従事している方は、面倒でもこれまでにお伝えした資料を残すようにしましょう。

製造業の残業代請求でトラブルになりがちな「勤務形態・給与体系」について

製造業の未払い残業代を請求する際にポイントとなる証拠資料を紹介しましたが、これらの資料を事前に収集しておくことで、単に残業の事実を示すだけではなく、会社側と意見対立した際に、より有効な証拠となり得ることもあります。

次に、会社側と意見対立しがちな勤務形態や給与体系について解説します。

固定残業代制を採用しているケースについて

固定残業代、または定額残業代、みなし残業代は「いくら残業しても残業代は固定」という意味ではありません。「一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金」のことです。

そのため、固定残業代に含まれる一定時間分の残業を超えた場合には、別途残業代が発生しますが、一定時間分の残業を超えても残業代を支払わない悪質な企業もあるため、日々の労働時間はしっかり管理しておきましょう。

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固定残業制(みなし残業制)について

変形労働時間制を採用しているケースについて

冒頭でも触れましたが、製造業では製品の特性上、季節要因で生産が繁忙期・閑散期にわけられることがあります。(例:クーラーやストーブなどの冷暖房製品)

変形労働時間制を導入することで、月の前半は繁忙期なので10時間労働とし、月の後半は閑散期になるので6時間勤務とするなど、生産状況に応じた労働時間の調整が可能になります。

当然ですが、変形労働時間制が採用されていても、所定労働時間を超えて労働した場合は残業代が発生します。

変形労働時間制における残業代の計算は複雑なので、会社側がこの制度の採用で残業代が発生しないと考えているようでしたら注意が必要です。

労使協定や就業規則の内容をはじめ、所定労働時間の配分などをしっかり確認し、ご自身でも勤務時間の記録をしっかりとっておくとよいでしょう。

工程責任者だから残業代は発生しないと言われているケースについて

工程責任者や工場長が管理監督者と認められるかどうかで残業代発生の有無が決まります。

管理監督者かどうかは職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇を踏まえて判断されます。管理監督者である場合、残業代は出ない代わりに、出退勤時間や勤務時間を自分の裁量で決めることができ、その地位と責任に見合った給与が支払われなくてはなりません。

そうでない場合、工程責任者や工場長は管理監督者とは認められず、残業代を請求することができます。

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製造業を取り巻く現場環境の問題について

製造業の労働環境についてはさまざまで、輸送機械製造や金属製品製造、鉄鋼製造や化学製品など、大型のプレス機や危険な薬品を取り扱う業種から、精密機器や集積回路など、クリーンルームでの生産、食品製造・加工や製品パーツを組み合わせる工程や完成した製品の検品・梱包など、製造業の労働環境は多種多様です。

どの工程でも作業環境の衛生管理は製造業にとって重要課題であり、労働者からのヒヤリ・ハット報告をもとに危険箇所の点検・改善や、5S活動の徹底・習慣化により重大事故を防ぐ取り組みがされています。

こうした取り組みとあわせて、残業が常態化していないかも重要な指標であるといえます。特に危険な工程に配属され、作業を行っている方は、過度な残業によって肉体疲労や集中力の低下を招き、労災事故に発展する恐れもあることから、労働衛生管理においては納期のひっ迫による時間外労働の状況など、残業時間も特に注意を払う必要があります。

働き方改革関連法の施行により、時間外労働の上限は、原則として月45時間(年間6か月まで)かつ年360時間となり、緊急時・繁忙期など特別な事情がない限り、これを超えることはできなくなりました。

製造業でも法令遵守の観点から改善が進められていますが、中小企業庁の2021年度版小規模企業白書のなかで、従業員規模が小さいほど働き方改革に対する意識が低い傾向にあり、対応が困難と考える企業割合も高くなる傾向にあると報告されています。

こうした調査から、製造業でも従業員規模が小さい企業ほど、残業状況を含め厳しい労働環境にある可能性があります。

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中小企業庁:2021年度版小規模企業白書/令和2年度(2020年度)の小規模事業者の動向/雇用の動向/働き方改革への対応状況

製造業における残業代の未払い状況について

実際に製造業での残業代の未払いについて、どのような状況になっているのでしょうか。

厚生労働省による令和2年度分の「100万円以上の割増賃金の遡及支払状況」をみると、業種別の企業数で製造業は全体の20.2%でトップを占め、業種別の是正支払額も製造業が21.5%(15億364万円)と、トップとなっています。

数年前には運輸交通業がトップを占めていた年もありましたが、近年は製造業をはじめ保健衛生業なども上位にあり、コロナ禍による情勢変化を伺わせる結果となっています。

関連リンク

厚生労働省:監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和2年度)/100万円以上の割増賃金の遡及支払状況

製造業で未払い残業代の請求を検討している方は弁護士へ相談をする

働き方改革により労務管理が徹底され、無理な残業が発生しない体制になりつつありますが、昨今はウクライナ情勢の変化などにより原材料の高騰をはじめ製品や資材の輸送コストの増大など、製造業を取り巻く環境は厳しさを増しています。

コロナ禍により、感染した従業員の人員調整が困難となり、製造遅延が発生するなど対応に苦慮するケースも見受けられます。

事業規模の小さい製造業では、こうした状況を無理な残業、シフト増によるカバーや、コスト高騰などの影響により、残業代が未払いになっている可能性もあります。

未払い残業代の請求については、ご本人で行うこともできますが、会社側が前向きに対応してくることはまれです。また、在職中の残業代請求は、会社側との関係性が悪化する恐れもあり、正当な要求であってもトラブルになることがあります。

そのため、未払い残業代の請求は、退職前に証拠集めの準備を進めておき、退職後に未払い残業代を請求する流れが多くなっています。

なお、弁護士を代理人に立てて残業代請求を行えば、会社側は無視しづらくなるため、ご自身で対処するより適切な残業代の回収・交渉を進めることができます。

製造業に従事されている方で、未払い残業代を請求したいと考えているときは、まず弁護士へ相談し、依頼をするべきかどうかを含め、検討されることをおすすめします。

この記事の監修

小湊 敬祐

Keisuke Kominato

  • 弁護士
  • 上野法律事務所
  • 東京弁護士会所属

働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。

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