残業代コラム
残業代コラム
現在の日本は、少子高齢化が進んだことで若年労働人口も減少し、人材不足も目立つようになっています。こうした状況とあわせて労働環境の整備が進まず、長時間労働が常態化し、子育てや介護の負担増をはじめ、正規・非正規労働者の賃金格差や有給取得率の低迷など、多くの歪みを伴ってきました。
そこで政府は、「働き方改革」として、これらの問題を是正し、画一的な就労体制から、より労働者のニーズに沿った多様な働き方を推進するため、多くの議論を重ねてきました。
2018年6月に「働き方改革関連法案」が成立し、労働基準法をはじめ、多数の関連する法改正が2019年4月より順次進んでいます。改正の主なポイントは数多くあるのですが、「残業」に絞って見ていくと、「時間外労働の上限規制」があげられます。
ここでは、「時間外労働の上限規制」が施行された背景や、どのような仕組みになるのか、この施策による残業対策の概要と現状について解説します。
働き方改革関連法案が施行される前は、企業側と従業員の間で「36協定」を締結することで、月45時間、年360時間以内であれば時間外労働をすることが認められていました。仮にこの上限時間を超えて残業しても、悪質なケースで行政指導が入る程度で、罰則はありませんでした。
また、「特別条項付き36協定」を結んでいた場合、いくつかの遵守項目はあるものの、時間数の上限がなかったことから、こちらも事実上、残業時間に上限がない状態となっていました。
こうした状況が続いたことで、長時間労働が常態化する企業も多くなり、仕事による過労死が社会問題に発展しはじめたことから、時間外労働に対する規制が議論されるようになりました。
時間外労働に上限がない状況を改善するため、働き方改革関連法案の施行により、時間外労働の上限は、原則として月45時間(年間6か月まで)かつ年360時間となり、緊急時・繁忙期など特別な事情がない限り、これを超えることはできなくなりました。
また、緊急・特別な事情があり、労使間での合意があったとしても、時間外労働は休日労働を含む月100時間未満、複数月の時間外労働の平均を80時間(休日労働含む)、年720時間を超える残業もさせることができません。
この上限規制に違反すると、事業主に対し30万円以下の罰金または6か月以下の懲役が科される可能性があります。
時間外労働の上限規制は、大企業で2019年4月から、中小企業でも2020年4月より施行されています。
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大企業・中小企業で「時間外労働の上限規制」の施行時期に差はありましたが、一部の業種・職種においては、2024年3月まで猶予が設けられています。
運送業をはじめとした自動車運転に従事している業種や建設業、医師、鹿児島県や沖縄県における砂糖の製造業※がその対象にあたり、2024年以降はそれぞれの規制に沿って時間外労働の上限規制が施行されます。
一部の業種・職種において「時間外労働の上限規制」が2024年3月まで猶予されますが、猶予後の取り扱いがどのようになるのかお伝えします。
運送業など自動車運転に従事されている業種
建設業
医師
具体的な時間外労働の上限時間については今後、省令で定める予定
鹿児島県や沖縄県の砂糖製造業
時間外労働の上限規制がすべて適用されます
多くの労働者が多様な働き方を選択できる社会の実現を目指し、働き方改革関連法案を軸として、労働環境におけるさまざまな法改正が進むなか、残業に対する状況はどのように変化しているのでしょうか。
時間外労働の上限規制により、長時間労働が規制されるなか、ワークライフバランスの改善も進んでいますが、現状の仕事量が変わらないもしくは増えている状況では、残業の状況に歪みが生じている報告もあります。
時間外労働に上限が設けられ、長時間労働が規制されることで、労働者の負担が軽減される一方、残業による割増賃金が減少し、給与自体が減額となるケースもみられるようになりました。
残業代ありきの手取り給与で生活設計をされていた方にとっては、事実上の給与減額となり、支出の調整が難しく生活が維持できない場合、より手取り給与の高い企業へ転職を考えるなど、ときに厳しい選択を迫られてしまいます。
残業が減少し、給与が減額となっても、仕事量に変化がなければ労働者の負担に直結します。モチベーションの低下を招くなど、会社全体の生産性低下につながる恐れもありますので、企業側はこうした状況に十分な注意を払わなければなりません。
残業が減少しても仕事量に変化がなければ、対応できない仕事をどのように調整するかも検討する必要があります。
高度なデジタル技術(DXの推進、AIやロボットの導入など)を推進・導入し、業務の効率化を進めることで、この問題の解消に努める企業もでてきていますが、一方で、使用者がサービス残業を黙認し、法律の範囲内の労働時間からこぼれた仕事を処理させようとする可能性も指摘されています。
職場では定時でタイムカードを打刻させ、残った仕事を自宅に持ち帰らせてサービス残業させる、いわゆる「時短ハラスメント」と呼ばれる持ち帰り残業などが蔓延しないよう注意が必要です。
企業がサービス残業を強要することは違法になりますが、テレワークの普及を逆手に取って、暗黙の了解のなかでサービス残業を行う悪質なケースも想定されます。
こうした歪みが起こらないよう、企業・労働者それぞれで協力や対策を講じてモチベーション低下を避けるよう、努力が求められそうです。
時間外労働の上限規制により、違法な時間外労働の超過ができなくなると、そのしわ寄せを受ける可能性があるのは「管理監督者」です。
つまり、従業員の残業により処理されていた業務が、「出退勤や勤務時間の厳しい制限を受けない」管理監督者にスライドされ、管理監督者だけが負担を抱えることになります。
これでは根本的な解決にならず、働き方改革による時間外労働の上限規制のしわ寄せが、そのまま管理監督者に移行しただけとなり、抜本的な解決に向けた対策を進めなければなりません。
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時間外労働の上限規制により、長時間労働の解消やワークライフバランスの推進につながるなど、利点にスポットが当たりがちでした。
しかし、時間外労働の上限規制に注意を払って運用を進めると、歪みも生まれやすく長時間労働の抜本的な解決に結びつかないなど、新たな問題点も指摘されるようになりました。
時間外労働の上限規制を通じて長時間労働の解消を図るには、従業員全体の意識改革から、企業の制度・給与設計や仕組みの改善など、トータルで職場の改善を進めることで可能になるのかもしれません。
時間外労働の上限規制の趣旨を逸脱し、「仕事が終業時刻までに終わらず、会社の指示で持ち帰って家で続きの作業を行った」、「持ち帰り残業をしていることを会社は知っているが、黙認している」など、サービス残業が多く発生するのであれば、未払い残業代として会社に請求できる可能性があります。
このようなケースでは、証拠の収集も重要になりますので、実際に残業代請求を行う際に必要な資料や証拠の収集についてご紹介します。
タイムカードのような証拠がある場合とは異なり、サービス残業の労働は、タイムカードの退社時間記録後や帰宅後の労働にあたることが多いため、意識的に記録をしておかない限り、証拠が残りにくいのが実情です。
例えば、次に挙げる5つの記録はサービス残業の証拠になり得ます。1つだけでなく、複数の方法を使ってできるだけ多くの証拠を残しておくようにしましょう。
①パソコンを使っている残業の場合
②創作などで成果物を作る残業の場合
店頭販促物、配布物、掲示物などをサービス残業で作成した場合がこれにあたります。
パソコンのように作業開始、終了時刻が明確に記録できない点では、残業時間を証明する根拠にはなりにくいですが、サービス残業という時間外労働をしていた証拠にはなり得ます。
例えば、昨日まで職場には存在していなかった成果物を翌日持参して出勤した、自宅で作成することを会社は黙認していた、などの状況がある場合は、証拠になる可能性があります。
写真や画像に残すなどして記録しておきましょう。どのような工程を取っていつ完成したのか、作成を認めていた会社の状況などの記録を、日記や手帳などに残しておくことも忘れないでください。
③スマホでメールや投稿をする方法
出社したときと、残業を終えて退社するときに家族や友人にメールや投稿(LINEなど)で知らせることで、その通信履歴が出退勤時刻の参考記録として使える可能性があります。
日記代わりとして、ブログの投稿や自分宛のメール送信でも構いません。電車移動中などに送信・投稿をするのではなく、極力出退勤時に送信・投稿しましょう。
また、ブログの場合は投稿時刻が分単位でわかるようになっていることが重要です。実際の労働時間がわかりやすく信憑性の高い証拠の方が、認められる可能性も高くなります。
④スマホアプリを活用する方法
スマホのGPS機能を使ってサービス残業の実態を記録できる残業アプリは、残業代の計算を想定してGPS機能で出退勤時刻を残せます。サービス残業の根拠として有効に使える可能性があります。
ただし、残業代の計算についてはあくまで目安の金額と捉えた方がよく、固定残業代制など特殊な勤務形態の残業代計算には不向きです。
⑤日記や手帳に記録をする方法
出退勤時刻や残業の内容を記録した日記や手帳も、残業時間の証拠になり得ます。消しゴムなどで消えないペンを使い、出退勤時刻は分単位で記録をするようにしてください。
サービス残業の実態を証明して残業代を請求するには、第三者(裁判官)も納得できるような客観的な証拠が必要です。用意する証拠の種類や数が多いと手間に感じるかもしれませんが、客観的な事実をしっかり記録しておくことで、サービス残業の時間として認められる可能性が高くなります。
正確な残業代を請求するためにも大事な作業と捉えて、きちんと記録を残すようにしてください。
持ち帰り残業の判断基準
「持ち帰り残業」は、会社の指揮命令下で行っているか、定時でこなせる業務量か、必要な業務内容かなどの総合的な状況から判断されます。持ち帰り残業の実態を証明できる客観的な証拠(労働時間の記録、仕事の成果物など)が重要な判断材料となります。
仕事の持ち帰りなどによるサービス残業で未払い残業代の請求を検討する場合、仕事をしている証拠をきちんと押さえておくことが重要になることをお伝えしてきました。
働き方改革制度の歪みから起こる持ち帰り残業による未払い残業代請求でお悩みの場合、弁護士へ問い合わせをして対策のアドバイスや残業代回収に向けた対応について、相談されてもよいでしょう。
小湊 敬祐
Keisuke Kominato
働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。