残業代コラム
残業代コラム
会社が正当な残業代を支払わず、残業が常態化していると、「退職を検討し、転職活動を開始する」「違法だと思うので労働基準監督署に相談する」など、何らかの行動をとろうと考えるかもしれません。しかし、実際に残業代回収の行動を起こすまでに至らず、退職はしたが残業代の請求については泣き寝入りしてしまう方も多いのではないでしょうか。
残業代の未払いについては法律で罰則が設けられており、悪質なケースでは法的責任を問われることになります。ここでは、残業代を支払わない会社が受ける罰則内容について解説し、あわせて未払い残業代の回収に向けた対応についても説明します。
労働条件に関する法律として、労働基準法があります。使用者(会社や事業主)が従業員に対して、法律で定められた時間を超える労働をさせたり、深夜や休日に労働させた場合などには、割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条)。
【引用】
労働基準法第37条より
第1項 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。(以下省略)
不当に支払わなかった場合、会社や経営者は6か月以下の懲役または30万円以下の罰金を命じられることがあります(労働基準法119条1号)。悪質であれば、労働基準監督署が強制捜査や逮捕を行うこともあります。このように、残業代の未払いに対する「使用者の罰則」は労働基準法に定められています。
すなわち、労働基準法第37条及び第119条1号により、会社は、従業員に残業させた場合、通常の時給に1.25倍の割増率をかけた残業代、休日労働させた場合、通常の時給に1.35倍の割増率をかけた残業代を支払わなければなりません。
そして、労働基準法第37条違反として時間外、休日・深夜労働に対する割増賃金の未払いがあった場合、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられることとなります。
しかし、こうした罰則規定があるにも関わらず、実際には、使用者に罰則が科せられることはほとんどありません。
使用者によっては、従業員からの未払い残業代請求に対し、次のような言い逃れに近い回答を行うものもあり、労働基準法違反が疑われます。
このような使用者の主張は、必ずしも正当なものではなく、きちんと実態を調査すると、残業代が発生するケースも多くあります。もっとも、どのようなときに残業代の請求を行うことができるのかについては、法律上複雑な問題がたくさんあるため、残業代の未払いで不満をお持ちで回収を検討している方は、弁護士に相談されることをおすすめします。
残業代未払いの実態が労基署より労働基準法違反と判断されて是正勧告を受け、それを無視し続けて起訴/有罪となり罰則を課された場合、誰がその罰則を受けるのでしょうか。労働基準法違反の罰則を受けるのは「使用者」です。この「使用者」にあたるのは、会社の代表者(社長)や事業主だけではありません。
事業を行う上で、あなたに対して業務命令や指揮監督を行う「実質的な権限」をもつ人も、使用者となり罰則を受けます。そのため、「部長」や「支店長」などの名目に関わらず、使用者かどうかで判断されます。
しかし実際には、使用者や役職者に罰則まで課されることは、ほとんどありません。
罰則を受ける対象
会社が労働者に対して違法に残業代を支払わない場合、罰則規定があることをご紹介しましたが、こうした罰則規定があってもなかなか減らない未払い残業代の問題を是正・解決するにはどうしたらよいでしょうか?
この問題を改善し、少しでもよい人材が集まる風通しのよい会社にしたい、今後も仕事を継続したいという意識をお持ちの場合、労務管理担当者や経営者としっかり話し合って解決していくこともひとつの方法でしょう。
意見をきちんと出し合える企業風土のある会社であれば、こうした問題提起をきっかけに、コンプライアンス意識を高め、人材確保の観点から未払い残業代を解消する改革が行われるかもしれません。
当事務所でも、退職後に残業代請求のご依頼を受け、その会社と交渉を行った際、残業代に対する問題を改善していたタイミングだったことから、すぐ支払いに応じて謝罪された企業もありました。このような事例もあることから、意見をきちんと発信できる会社であれば、職場を辞めずに解決できる可能性もあります。
一方、未払い残業代の問題を指摘することで会社との関係が悪化し、不利益な立場におかれる可能性もゼロではありません。会社の業務に不満はないものの、こうした問題点を発言しにくい社内環境であれば、労基署などの公的機関を利用して是正の可能性を探ることもできます。
退職・転職が視野に入っている方であれば、在職中に残業代が未払いになっている証拠資料を収集し、弁護士に依頼をして退職後に残業代を請求する方法もあります。
労働基準監督署(労基署)は、会社が労働基準法を遵守するように指導、監督を行う機関です。そのため、残業代の未払いについては無料で相談することができます。
会社への立ち入り調査や違法状態の改善に向けた行政指導も行っており、違法に残業代を支払っていないケースも対象になります。しかし、残業代が未払いになっている具体的かつ明確な証拠がないと、労基署に対応を求めることは難しいでしょう。
労基署は、職員数に比べて多くの事案を抱えているため、是正に向けて動いてもらうには、残業代が未払いとなっている事実を証明することが重要になります。
こうした証拠資料をきちんと揃えた上で、直接管轄の労基署に出向き、相談されることで、「臨検」と呼ばれる原則会社側が拒否できない立ち入り検査をはじめ、労働基準法違反や改善すべき点が見つかれば、会社に対して是正勧告や指導を行ってもらえる可能性が高まります。
労基署への通報は、会社側が通報者探しに躍起となり、自分が通報したことがばれてしまうのではという不安を持たれる方もいるでしょう。
こうした通報については、労基署も守秘義務がありますので、情報元を開示することはありません。また、通報者が会社内で不当な扱い(報復ともとれる配置転換や解雇など)を受けることがないよう、労働基準法104条でも規定がされています。
【引用】
労働基準法第104条より
第1項 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
第2項 使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。
通報の手段はいくつかありますが、電話やメールをはじめ、窓口で直接相談することもできます。ただし、電話やメールは参考程度の扱いになってしまうため、きちんと対応してもらいたいのであれば、直接労基署の窓口に赴いて相談し、実名で申告すると効果的です。実名による申告も守秘義務がありますので、会社側に情報が漏れることはありません。また、このときに証拠となる資料も提出するとよいでしょう。
臨検により未払い残業代で労働基準法違反を指摘されたり、違法ではないが改善の必要があると判断されると、是正勧告書や指導票の交付を受けます。期日までに是正報告書を提出しなければなりませんので、ほとんどの企業が改善に取り組むのですが、なかにはこうした提出を表面的に処理し、具体的な改善を行わない企業もおります。
労基署は、会社の対応が見せかけになっていないか、抜き打ちで調査することもあります。改善の取り組みを行わず、報告書を提出しないと悪質な企業と見られ、使用者の逮捕や書類送検される可能性もありますので、未払い残業代をはじめとする労働基準法違反をいつまでも放置することはできません。
2022年2月には東京都内の大学で、非常勤講師の授業時間外の労働に関する賃金不払いの疑いがあり、労基署より労働基準法に基づく是正勧告を受けることとなりました。その際、大学側が勧告書の受け取りを拒否したとの報道や、労基署と大学側で協議が継続しているとの情報もあり、問題が複雑化しているように見受けられます。
この件は双方の主張に隔たりがあり、ここではどちらの主張が正しいとはいえませんが、原則として是正勧告自体を争うことができないほか、労基署は不払いとなっている賃金の支払い命令を出すことができないため、今後の動向が注目されます。
不当に残業代を支払わないケースでは、労働基準法のなかに罰則規定が盛り込まれているとお伝えしましたが、労基署が行えるのは「是正勧告」までです。
また、労基署では未払い残業代の支払いを命令することができないことから、労働基準法第37条違反を軸に、今後は適正に残業代が支払われるように改善・指導することと、企業に対して未払い残業代の支払いを促す流れとなります。
未払い残業代に対する強制的な支払いを求めることができないため、未払い残業代の問題を労基署へ相談するのは、従業員がきちんと意見を述べることができる企業風土を持ち、会社も問題の改善意識を持っているケースでなければ、解決が難しいかもしれません。
未払いとなっている残業代をきちんと支払ってもらい、法令遵守する企業風土を醸成するには、ご本人の努力のみならず、会社全体で改善意識を高めていく必要があります。退職せずこの問題を解決するには、相当の時間と努力が必要になり、困難も予想されます。
一方で、すでに退職を決意している、転職が決まっているケースで未払い残業代を回収したい場合、弁護士へ相談・依頼することが、解決への近道かもしれません。
退職前であれば、証拠となる資料の収集も比較的容易に準備ができ、弁護士からアドバイスをもらいながら効率よく必要資料を収集することができるでしょう。
弁護士は、収集した証拠資料をもとに正確な残業代を計算し、労働者の代理人として未払い残業代の回収にむけて会社と交渉を行います。
ご本人で会社と交渉を行うこともできますが、会社から相手にされなかったり、話し合いができても会社の説明にうまく反論できず、むしろ退職・転職後に余計なストレスを抱え込んでしまう結果になるかもしれません。
弁護士に依頼をすることで精神的な負担を軽減することができ、会社が残業代の支払い交渉に応じない場合でも、労働審判や裁判などの法的手続により、残業代の回収に向けた的確な行動をとってもらえます。
残業代を支払わないことによる罰則規定はあっても、過去の未払い残業代を回収するという点では別の問題になってしまうことが多いため、未払いとなっている残業代を回収したいと考えているのであれば、弁護士へ相談・依頼されることをおすすめします。
小湊 敬祐
Keisuke Kominato
働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。