デパート・百貨店やコンビニなどの小売業、飲食業や理美容業など、店舗販売員や直接顧客と接客するサービス業でお仕事をされている方は、コロナ禍前と後では残業の状況が大きく変化したと思います。
コロナ禍では、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発出により、店舗の営業時間の時短及び休業要請を受け、接客・サービス業のなかでも特に飲食業においては、従業員の雇用をどのように守っていくか、事業をどのように継続していくかが最重要課題となり、従業員が残業をする場面も大きく減少しました。
さらに、外出の自粛要請をはじめマスクの着用や手指の消毒など、国民一人ひとりが感染防止に向けた対応を求められ、特に飲食業では換気の徹底や会食による会話の自粛も加えられたことから、接客・サービス業においては顧客と対面で接することが難しくなりました。
現在もコロナ感染増加の波が定期的に発生していることから、予断を許さない状況とはいえ、経済活動はコロナ禍以前に戻りつつあり、接客・サービス業で再び違法な未払い残業代の問題が増えないか、当事務所でも心配しながら社会状況を注視しています。
ここでは、接客・サービス業でトラブルとなりがちな未払い残業代の問題や、今後考えられる問題について解説します。
接客・サービス業に従事されている方において、店舗での営業時間外の労働に対し、会社側がこの時間を労働時間と捉えていないことがあります。その他にも、店長に対して誤った解釈で残業代を支給していないケースもあります。
飲食業や販売業は店舗の営業時間外にも多くの業務があるにもかかわらず、会社側が「営業時間=労働時間」という考えを持ち、開店準備や仕込み、閉店後の片付けや事務作業は、労働時間外で賃金が発生しないと考えている企業も見受けられます。
しかし、当然のことながら業務を行っている時間は労働時間です。これらの時間を含めて労働時間を算定すると、残業代が発生している場合が多くあります。
飲食店や理美容店をはじめ、デパートや百貨店など、接客・サービス業のほとんどは店舗の開店前に準備作業、閉店後に後片付けや翌日の準備を行うと考えられます。
開店前の作業一例
閉店後の作業一例
上記事例でお伝えした開店前・閉店後のお仕事も労働時間に含まれますので、給与・残業代の支払いにあたりこの時間帯の労働時間がカットされている場合は、タイムカードの控えや労働時間の記録をメモなどにとっておきましょう。
厚生労働省は2017年に、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定し、そのなかで“労働時間の考え方”として次のように記載されています。
【引用】
- 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
- 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
- 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
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特に①に記載されている内容は、開店前・閉店後の業務に関することが記載されており、営業時間外でも業務に必要な作業とみなされ、労働時間に該当すると考えられます。
店長は管理職なので残業代が発生しないと、誤った運用をして残業代を支払わない企業も見受けられます。
店長は店舗全体の管理者という印象があるため、多くの方は管理職というイメージを持たれているかもしれません。
しかし、管理職と管理監督者を混同し、管理監督者は労働時間や休日に関する労働基準法の規定が適用されない点を悪用もしくは誤った解釈で「管理職=残業代が発生しない」と認識している企業があります。
管理職とは会社のなかで部下を管理する立場にある方の総称にすぎず、管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者を指し、その運用においては明確な判断基準も設けられています。
この基準を満たさずに「店長=管理職=残業代が発生しない」運用を行うことは違法となります。管理監督者の基準を満たさない店長は「名ばかり店長」と呼ばれ、該当する場合は残業代が発生している可能性もあります。
過去には、大手ファストフード店で「店長」として勤務されていた方が、管理職としての扱いで残業代が支払われないのは違法として提訴した事件もあり、管理監督者の解釈を誤解または悪用して残業代が支払われないようなケースであれば、タイムカードなどの勤務実態を示す証拠を控え、弁護士に相談して対応されることをおすすめします。
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時折見受けられるのですが、残業代の端数を切り捨てて処理される企業があります。30分未満の残業を切り捨てにしているケースでは、29分残業した場合でも残業代が発生しないことになります。
労働基準法では、日々の残業時間の端数処理は認めておらず、残業代の端数処理を行うことは労働基準法違反となり、1分単位での時間計算が必要です。
これは美容師のカット練習の取り扱いでよく問題になりますが、美容師見習いの方は、店舗終了後に夜遅くまでカット練習を行うケースが目立ちます。
より高い技術を磨くために自主的に行っている場合は労働時間とはいえませんが、最低限の技術を磨くためのカット練習は業務を行ううえで必要不可欠であり、会社による指示があったものとして労働時間といえるでしょう。
明示的にカット練習の指示がなくとも、カット練習をしなければカットを担当させてもらえないといった場合は、黙示のカット練習の命令があったと考えることができます。したがって、残業代を請求できる可能性がありますから、練習時間を客観的に証明するため、タイムカードの打刻や勤怠システムへの入力、業務日報への記載などを徹底してください。
そもそも固定残業代は「いくら残業しても残業代は固定」という意味ではなく、「一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金」のことです。固定残業代として明確に支払われていた場合でも、固定残業代に含まれる一定の残業時間を超えた場合には別途残業代が発生します。
また、技術手当や特殊勤務手当など他の名目の手当を固定残業代として扱うことは、法律上無効となる場合もあります。仮に無効と認められればすべての残業代を請求することができます。
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これはどの業種にも当てはまることですが、「スキルアップは個人の将来につながることだから」という理由で、社内研修や技術を身につけるための練習を勤務時間外として扱い、実際には時間外労働にも関わらず、残業代をつけない運用を行っている企業があります。
しかし、会社の指示によって社内研修の参加や練習を行っている場合、法律上の労働時間にあたるため、法定労働時間(多くの職場では1日8時間、週40時間)の範囲外で社内研修を行っている場合は、残業代が発生します。
ここまで、接客・サービス業の残業が発生しやすい状況についてお伝えしましたが、コロナ禍で業界全体の勤務環境が大きく変わるなか、コロナウイルス対策の整備も進み、社会経済活動も元に戻りつつあります。
コロナ禍を機に、接客・サービス業に携わる企業が違法な未払い残業代の発生しない、健全な労務管理体制を構築できていればよいのですが、接客・サービス業に携わる方の残業代が未払いになっている場合、どのような準備を進めるべきでしょうか。
タイムカードの記録
接客・サービス業に関わらずですが、タイムカードは出退勤を明確に記録するものです。退勤時に打刻させないなどの悪質な運用がない限り、残業の状況を確認する上で重要な証拠となります。可能な限り控えをとっておきましょう。
就業規則・雇用契約書
ご自身が勤務されている会社の就業規則と雇用契約書には、給与及び雇用形態が記載されており、時間外労働に関する手当内容が記されていることもあるため、未払い残業代を割り出す上で重要な資料となります。
シフト表
毎月シフト表が支給され、勤務時間が記載されているなら、勤務日の欄に実際勤務した時間を記録することで、労働時間の証拠となる場合があります。ただし、記入した出退勤時間が正確であること、記録を行った日時が明らかであることが必要です。後からまとめて出退勤時刻を手書きするような方法では、証拠になりません。
業務日報・業務日誌
業務日報や運転日報などに記載され、使用者の承認を受けた勤務記録や労働時間は、残業の証拠となりますので、こちらも可能な限り控えをとっておきましょう。
業務に関するメールの送受信履歴
業務に関する所内での情報共有や、外部業者と発注に関するメール発信など、時間の記録が残りますので、残業の証拠となります。
レジの記録
レジ締め作業は、接客・サービス業で営業終了後の重要な業務のひとつです。レジのドロアーに入っている現金の集計作業やデータ送信などは、誰がその作業を行ったかを記録していることが多く、こうした記録表なども有効な証拠となります。
ご自身による出退勤時間のメモ
悪質な企業では、営業終了時間を一律勤務終了時間として処理しているケースがあります。このような場合、ご自身で退勤時間をメモしておくとよいでしょう。ただし、シフト表の場合と同様、記入した出退勤時間が正確であること、記録を行った日時が客観的に明らかであることが必要です。後からまとめて出退勤時刻を手書きするような方法では、証拠になりません。
その他の出退勤記録を示す資料
接客・サービス業は、宿泊業や飲食業、雑貨・洋服販売や食品販売など、多岐にわたる業種があります。業界によって勤務記録の取り扱いも多様にあるため、間接的でも出退勤に関する記録につながるものであれば、お手元に控えておくとよいでしょう。
接客・サービス業のなかでも、特に飲食業はコロナ禍の影響を強く受けており、経済産業省/飲食関連産業の動向(FBI 2021年)のなかでも、飲食店・飲食サービス業は低調が続いていると報告されました。
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飲食店・飲食サービス業でも、テイクアウトや宅配サービスが可能かどうかによる、業態の違いで明暗がわかれる点があるものの、総じてコロナ前の指標に戻っていない状況です。
コロナ感染拡大の波や業界全体の慢性的な人手不足、原材料の高騰が続くなど、依然として厳しい経営環境が続いていることから、未払い残業代の問題よりも、当面は飲食サービス業の経営安定化が課題になると考えられます。
ただ、こうした厳しい経営環境から従業員の負担が増え、サービス残業が常態化しないよう注意が必要です。このような状況にある場合、未払い残業代が発生している可能性もあります。
接客・サービス業の企業においては、これまで指摘した営業時間外の勤務に関する問題や名ばかり管理職問題などを、曖昧に扱ってきたことも多いと言えます。こうした問題を会社側が都合のよい解釈をして運用を行っていれば、未払い残業代が発生している可能性もあります。
未払い残業代の請求については、ご本人で行うこともできますが、会社側が前向きに対応してくることはまれです。また、在職中の残業代請求は、会社側との関係性が悪化する恐れもあり、正当な要求であってもトラブルになることがあります。
そのため、未払い残業代の請求は、退職前に証拠集めの準備を進めておき、退職後に未払い残業代を請求する流れが多くなっています。
なお、弁護士を代理人に立てて残業代請求を行えば、会社側は無視しづらくなるため、ご自身で対処するより適切な残業代の回収・交渉を進めることができます。
宿泊業や飲食業、雑貨・洋服販売や食品販売、理美容業をはじめとする接客・サービス業に携わる方で、未払い残業代を請求したいと考えているときは、まず弁護士へ相談し、依頼をするべきかどうかを含め、検討されることをおすすめします。
小湊 敬祐
Keisuke Kominato
働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。