固定残業代制度を導入している企業のなかには、この制度により「いくら残業しても残業代は固定」という誤った解釈で固定残業代を支払っていることもあります。
また、固定残業代制が法律上有効な支払いと認められるためにはいくつかの要件があり、これを満たさずに会社が運用していると、固定残業代制そのものが無効となり、時間外労働を行った時間分の残業代の全額を労働者に支払わなければなりません。
ここでは、法的に正しい固定残業代制(みなし残業制)の仕組みと、残業代請求の考え方などについて解説します。
固定残業代制とは、実際に働いた時間にかかわらず、給与に一定額の残業代(時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金)を含めて支払う制度のことで、「定額残業代制」や「みなし残業代制」ともいわれています。
固定残業代制はその呼び名から「どれだけ長時間残業をしても、一定額の決められた残業代を支払えば問題ない」という間違った認識を持たれがちですが、法的には固定残業代に含まれる残業は一定時間分であり、それを超える残業を行った場合には別途残業代が発生します。
また、固定残業代制が導入されている場合、一切残業をしなかった月でも固定残業代は支払われます。そのため、経営者によっては月に設定している一定時間分の時間外労働の消化を強要したり、設定時間分の残業をしなければ固定残業代を支払わないといった悪質なケースも見受けられます。
固定残業代制を導入するには条件があり、これを満たさない場合は無効となります。無効とみなされると、固定残業代として払われていた金額はすべて給与となり、今までの残業代はすべて支払われていなかったことになります。
固定残業代が法律上有効な支払いとなる要件
固定残業代制度は、制度解釈の誤解や誤りから、未払い残業代請求事案のなかでも比較的問題となりやすい制度かもしれません。
企業によってはこの制度を悪用し、一定時間を超えた時間外労働の残業代を支払わずに済ませているケースも見られます。
医療法人社団康心会事件(平成29年7月7日付け最高裁判所第二小法廷判決)では、残業代を含めた年俸制度に対して使用者側と労働者(医師)の間で合意はしていたが、通常の賃金と残業代が判別できないことから、残業代が支払われたことにならないと判断されました。
年俸が1700万円と高額であったことから、この点をどう捉えるかも注目されていましたが、特段の考慮もなく、基本給と固定残業代が明確に区分され、雇用契約書や就業規則で明らかにされていなければ、固定残業代制として認められないこととなりました。
固定残業代については、上記の事件以降も最新の裁判例が多数存在しており、支払いの有効性について確定した見解はありません。個別の事案における固定残業代の有効性については、必ず弁護士に相談してください。
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ハローワークなどでは、固定残業代制を導入している事業主に対し、募集要項で固定残業代の内訳と基本給額の明確な表記や、固定残業代に関する労働時間数と金額などの計算方法、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して割増賃金を追加で支払うことを明記させるなど、誤解が生じないよう事業主に対して働きかけをおこなっています。
それでも公的機関以外での求人においては、固定残業代制に関して不明瞭なケースで提示されていることもあります。
例えば、「月給20万円(固定残業代含む)」「基本給20万円(固定残業代含む)」「月給20万円+固定残業代」などの表記で、月給や基本給と固定残業代の区別が明確に表示されないケースです。
これらはすべて固定残業代の金額が不明瞭となっているため、解釈を誤ると入社後にトラブルとなる可能性があります。「月給30万円(固定残業代10時間/7万円含む)」など、記載が明確になっていることを確認し、固定残業時間を超える時間外労働には、追加で残業代が支払われることなどの記載があるかもチェックして、求人に申し込みされるとよいでしょう。
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ここまで何度か触れましたが、固定残業代制度でもっともトラブルとなりやすいのが、一定時間を超えた残業代の未支給問題です。
固定残業代を支払っているのだから、残業代をきちんと支払っていると使用者側が誤解または悪用して運用し、一定時間を超えても残業代を支払わないケースです。
この運用は違法となりますので、使用者側は超過分の残業代を労働者に支払わなければなりません。
ここまで固定残業代制(みなし残業代制)の仕組みや問題点について説明してきましたが、固定残業代制度は厳格なルールがあるため、運用の誤解・悪用をしている場合、未払い残業代が発生し、請求できる可能性があります。
固定残業代制で未払い残業代を請求する場合、「固定残業代を超えた残業分を請求する」ケースと「固定残業代制そのものを無効とし、すべての残業代を請求する」ケースの2つが請求内容の中心となっています。
まずはご自身の残業代を把握し、会社が残業代をきちんと支払っているか確認しましょう。会社側が固定残業代制の運用を誤解・悪用しているので、きちんと残業代を請求したいとお考えであれば、まず弁護士へ相談し、ご自身の状況を確認しながらどのように対応すべきか検討されることをおすすめします。
小湊 敬祐
Keisuke Kominato
働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。