年俸制と月給制との大きな違いは、給与の決め方が「年単位」であることだけですが、何故か「残業代が出ない」という誤解を生じていることがあります。年俸制とはどういう賃金形態なのか、年俸制の場合の残業代請求の考え方などについて解説します。
「年俸制」とは、従業員の成果や業績を評価して、年単位で給与を決める賃金形態です。時給や日給、月給と同じように、給与を決めるベースが年単位なので「年俸」といいます。
法律上、特別な考え方のある賃金形態ではないので、原則として労働基準法の規制が適用されます。そのため、年俸制であっても「1日8時間、週40時間」を超える労働には残業代が発生します。
なお、労働基準法では給与の支払いは月に1度以上と決められているので、年俸額を12で割った給与が毎月支払われているかと思います。企業によっては賞与を含めて14〜16(年賞与2〜4か月分)で割った給与を毎月支払うこともあります。
年俸制は年功序列による組織の硬直化を防ぎ、成果を出せば若い世代の従業員でも給与があがり、それが会社の評価へ結びつくことで優秀な人材を確保できる側面もある一方、すぐ成果に結びつきにくい中長期の成長戦略分野においては及び腰になる恐れがあり、かえって会社の将来的な成長を阻害する可能性も指摘されています。
この制度は会社側の評価基準が明確になっていないと、従業員のモチベーション低下につながってしまうことや、毎年年俸が乱高下する評価になってしまうと、従業員の生活を不安定にさせてしまいます。
しかし、こうしたデメリットを改善・克服しながら年俸制の仕組みを調整していくことで、会社と従業員の関係や評価は大きく進化していくかもしれません。
先にお伝えしましたが、年俸制であっても「1日8時間、週40時間」を超える労働には残業代が発生します。
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しかし、年俸制を導入している企業のなかには「残業代が含まれている」と解釈している企業もあり、なぜこのような誤解が生まれるようになったのかですが、原因のひとつとして「プロスポーツ選手の年俸制」があげられます。
確かにプロスポーツ選手の多くは年俸制ですが、彼らは個人事業主としてチームと請負契約をしているので、いわゆる従業員と会社が結ぶ雇用契約関係とは根本的に異なります。
また、年俸制が採用されるケースに課長や部長などの管理職が多いことも原因のひとつかもしれません。
労働基準法における「管理監督者」は、労働時間にかかわらず残業代は発生しませんが、その代わりに「労働条件の決定権や労務管理について経営者と同じ立場にある」ことや「給与面においても地位にふさわしい待遇である」ことなどの条件があります。課長や部長などの役職名がついた管理職だからといって、必ずしも管理監督者であるとは限りません。
「管理職のみ年俸制」という会社の中には、こういった誤解で残業代を支払っていない場合もありますので、従業員は注意が必要です。
年俸制についての誤解として、もうひとつに「残業代は年俸に含まれている」という考え方があります。しかし、年俸制に残業代を含めるためには以下の条件をすべて満たしている必要があります。
年俸制に残業代を含めるための条件
年俸に残業代を含めるという規定が設けられていない場合や、あったとしても満たしていない場合は未払い残業代が発生している可能性があります。
また、先の条件を満たしている場合でも、年俸に含まれた残業時間を超えた労働を行った場合は別途、その時間分の残業代が発生します。
年俸制でも原則残業代は発生しますが、給与・雇用形態により残業代が発生しないケースもあります。先に少し触れた「管理監督者」もその例となりますが、ここではどのような事例があるのか解説します。
年俸制を導入していても、管理監督者の立場にある場合、深夜労働の割増賃金を除き、残業代の支払い義務はありません。
しかし、残業代が発生しない代わりに「職務内容として経営者と一体的な立場にある」「労務管理の責任権限がある」「出退勤や勤務時間の厳しい制限を受けない」「地位にふさわしい待遇を受けている」といった条件があります。
これらの条件を満たしていなければ、名ばかり管理職と受け取られ、残業代が発生する可能性が高いと考えられます。
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年俸制におけるみなし残業代(固定残業代)とは、あらかじめ一定時間残業したとみなして一定額の割増賃金を年俸に組み込んで支払う制度です。
この制度が有効となるには、「基本給と残業時間が明確になっている」「就業規則で定めている(従業員の同意と周知)」「固定残業代の金額と時間が適正である」「固定残業代を除いた金額が適法(最低賃金を上回っている)である」「固定残業代と他の手当がきちんと区別されている」といった厳格な決まりがあります。
残業時間がみなし残業時間内であれば残業代の発生はありませんが、みなし残業時間を超えた残業に対しては、超過した分の残業代が発生します。この制度を導入していることで残業時間が無制限というわけではありませんので、基本給と残業時間がどのようになっているか、しっかり確認しておくとよいでしょう。
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裁量労働制とは、実際の労働時間を基準とせず、会社と従業員であらかじめ定めた時間(みなし労働時間)を労働時間とみなす制度です。
例えば、1日のみなし労働時間を7.5時間と設定した場合、その日の実労働時間が3時間でも9時間でも設定された7.5時間働いたこととみなされます。
こうしてみると、時間外労働の概念がないように見えますが、時間外労働や深夜労働、休日労働を行えば、裁量労働制でも残業代は発生しますので注意が必要です。
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ここまで年俸制における未払い残業代請求について説明してきましたが、年俸制でも時間外労働は原則残業代が発生します。
年俸制にすることで残業代が発生しないと誤解される企業は少なくなっていますが、時間外労働に対する解釈を誤り、未払い残業代が発生しているケースはまだ見受けられます。
こうした未払い残業代を請求するには、タイムカードをはじめとする残業していたことを客観的に示す証拠資料の収集が重要となり、請求に向けた会社との交渉も事前にしっかり準備を行うことが大切です。
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会社側が年俸制に対する時間外労働の解釈を誤解し、未払い残業代が発生している場合、まずは弁護士へ相談し、ご自身の状況を確認しながらどのように対応すべきか検討されることをおすすめします。
小湊 敬祐
Keisuke Kominato
働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。