webでの買い物が一般化し、スマートフォンで気軽に注文できることに加え、コロナ禍においては外出も躊躇される状況だったため、EC業界は大きく躍進しています。
同時にこうした商品を届ける運送・配送業も連動して伸長しており、近年は配送ドライバーの不足など、業界内の労働環境も多くの問題点を指摘されています。
とりわけ人手不足や運送業界全体の仕組みに関する問題から、長時間労働の実態も見えてきており、事業者向け配送・個人向け配送などの業態問わず、物流業界ではこうした問題解決に取り組もうと、厚生労働省もさまざまな情報提供を行っています。
ここでは、運送・配送業の残業状況や未払い残業代請求に向けたポイントについて解説します。
冒頭でお伝えしましたが、運送・配送業は業務内容の性質上、長時間労働が発生しやすい状況にあり、同時に残業代が未払いになっているケースも見られます。
過去には、大手運送業者で未払い残業代が確認された社員が数万人にのぼり、未払い残業代の総額が数百億円になると報道されたこともあり、対象者への未払い残業代の支払いや労働環境の見直しに関する内容についても取り上げられました。
物流業界では現在でも長時間労働に関する問題やその改善に向けての取り組みが行われていますが、運送業に携わるドライバーの残業代が未払いになっている場合、どのような準備を進めるべきでしょうか。
タイムカードの記録
運送業に関わらずですが、タイムカードは出退勤を明確に記録しますので、一斉打刻などの悪質な運用がなければ、残業の状況を確認する上で重要な証拠となります。可能な限り控えをとっておきましょう。
就業規則・雇用契約書
ご自身が勤務されている運送会社の就業規則と雇用契約書には、給与及び雇用形態が記載されており、時間外労働に関する手当内容が記されていることもあるため、未払い残業代を割り出す上で重要な資料となります。
タコメーター、デジタルタコグラフの記録
これらの機器は運送・配送に使用しているトラックなどの稼働状況を記録しますので、残業状況の客観的な証拠として重要な資料となります。チャート紙やデータはご自身で控えをとっておくとよいでしょう。
運転業務の日報・週報
業務日報や運転日報などに記載された運行の記録や時間は残業の証拠となりますので、こちらも可能な限り控えをとっておきましょう。
ドライブレコーダーの記録データ
配送中の事故で後にトラブルとならないよう、ドライブレコーダーを装着する企業も増えています。同時に残業状況も記録されるため、有効な証拠となります。
高速道路の利用履歴
高速道路利用の際の領収証やETCカードは時刻などの利用履歴が記録されますので、残業の証拠となります。
無線の使用履歴
社内無線にも着信履歴が残っていますので、こうしたデータも残業の証拠となります。
アルコール検知の記録
残業時間を直接示す証拠にはなりませんが、タイムカードと同様に出勤状況の確認はできることから、万一に備えて可能であれば控えがあるとよいでしょう。
ここまでお伝えした資料を準備しておくことで、残業時間をきちんと把握することにもつながり、未払いとなっている残業代も正確に割り出すことができます。
ただし、運行記録などの資料は一度会社へ提出してしまうと、再度確認することが難しいこともあるため、面倒でもできるかぎり提出前に控えをとるようにしましょう。
運送・配送業において未払い残業代を請求する際にポイントとなる証拠資料を紹介しましたが、単に残業代の事実を示すだけではなく、会社側と意見対立した際に、より有効な証拠となり得ることもあります。
次に、会社側と意見対立しがちな業務内容について解説します。
積荷・荷下ろしの積荷作業は業務を行っていますので労働時間に含まれますが、荷受け先が積荷を準備している途中で、完了するまで待機していたなど、一時的に運転や作業が中断することがあります。
運送・配送業に携わるトラックドライバーにとって、決してめずらしいことではないと思いますが、こうした待機時間を労働時間に含めない会社もあり、注意が必要です。
待機時間は何もしていないようにみえますが、休憩時間のような自由時間ではありません。自動車や積荷を監視するのも運転手の業務であり、指示があれば即座に対応しなければならず、自動車から離れられないのであれば自由時間とはいえません。そのため、待機時間は労働時間に該当するという解釈が一般的です。
2017年1月20日に厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定し、そのなかの「労働時間の考え方」で次のように記載されています。
【引用】
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。
使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
このガイドラインから読み取れるのは、積荷・荷下ろしまでの待機時間も、「使用者の指揮命令下にある状態」であれば労働時間になるという点です。
つまり、荷待ち時間はトラックから離れて自由に他のことを行える状態にはなく、業務から開放されているわけでもないことから、荷待ちによる待機時間は労働時間に該当する可能性が高いといえるでしょう。
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高速道路・一般道ともにいえることですが、交通事故の発生などで渋滞に巻き込まれ、配送時間に遅れが生じてしまうこともあると思います。
特にルート配送では、今までの運送記録から配送時間もある程度割り出せるため、会社によっては渋滞という不可避の事情を考慮せず、超過時間を労働時間に含めない対応をすることがあります。
通常かかる配送時間をオーバーしたからといって、超過時間を労働時間に含めないことは違法になります。
渋滞に巻き込まれ、配送時間が通常より多くかかったとしても、運送にかかった時間すべてが労働時間とみなされます。
運送・配送業において、雇用形態や賃金形態により残業代が曖昧になっているケースも見受けられます。
事業場外裁量労働制であったり、固定残業代、いわゆるみなし残業を採用していたり、歩合制を導入していたり、こうした雇用・賃金形態の制度を誤って解釈して未払いになるケースもあるため、注意が必要です。
事業場外裁量労働制は、会社が把握しにくい事業所外での労働が多い場合、予め定めた分を働いたものとみなす制度です。
しかし、裁量労働制は会社が社外で働く従業員の労働時間を把握できない場合に導入できる制度です。運送業や配送業の多くは目的地、積み荷の種類、積み込み場所、配送ルートが決まっているため、実際の労働時間を算定することができます。
また、携帯電話や車内無線、タコグラフなどの機械や設備が整っているため、会社側は運行状況を把握することが可能であるため、事業場外裁量労働制の対象とはなりません。
もし、会社から事業場外裁量労働制により残業代が発生しないと説明を受けているなら、残業代が発生している可能性があるため、改めて就業規則や雇用契約などを確認するようにしましょう。
残業代が未払いになっているなら会社に請求したいとお考えであれば、弁護士に相談して資料の収集をはじめ、対応について提案を受けることも検討してよいでしょう。
運送・配送業では、配送量に応じた「歩合制」による労働契約を採用している企業もあります。この制度では残業代が発生しないようにも見えますが、次のケースでは残業代が発生します。
会社によっては、歩合給制のなかに固定残業代も含まれているため、残業代の支払いは発生しないと解釈していることがあります。
この場合でも、雇用契約を確認し、そもそも固定残業代制の採用を明確にしているか、通常の賃金と固定残業代が明確に区分されたかたちで提示されているかなど、要件を満たしていなければ残業代が発生する可能性があります。
残業代が発生しているなら会社に請求したいとお考えであれば、弁護士に相談して会社の歩合給制に問題点がないか確認し、対応について検討してもよいでしょう。
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労働基準法27条には、「出来高払制の保障給」に関する規定があり、歩合給または出来高払いと呼ばれる制度を採用している労働者に対し、使用者は労働時間に応じて一定額の賃金(保障給)を保障しなければなりません。
また、法律に基づく通達である「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」(平成元年3月1日基発第93号)により、運送業における配送ドライバーやタクシー運転手は、労働時間に応じて通常の賃金の60%以上を保障給とすることが定められています。
なお、雇用契約を結んでいながら、保障給のない「完全歩合制」を適用している場合は、違法となります。
運送・配送業では、一定時間の残業に対し、固定金額で残業代を支給する、固定残業代制を採用している企業もあります。
渋滞に巻き込まれたり、荷降ろし作業や荷受け作業で想定外の時間がかかるなど、不可抗力により時間が読めないこともあるため、固定残業代制度を採用して、会社側が負担を軽減しようとする傾向も見られます。
しかし、企業側でこの制度を悪用しているケースも見受けられます。特に多く見られるのは、この制度を導入することで、企業は実際の労働時間に関係なく、いくらでも残業させられると認識している点です。
固定残業代を支払っていても、固定残業代の想定を超える残業が発生していれば、超過した分の残業代が発生します。
固定残業代を超える残業が頻発し、超過分の残業代が発生しているなら会社に請求したいとお考えであれば、弁護士に相談して残業状況を確認し、対応について検討してもよいでしょう。
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運送関係企業に勤めているトラックドライバーやタクシードライバーなど、深夜勤務が発生するケースや荷待ち時間の状況により、長時間労働になりがちです。
近年はドライバー不足により負担も増している状況にあり、既存のドライバーへの負担も心配されていますが、こうした負担は事故につながる恐れもあります。
長時間労働が原因でドライバーが交通死亡事故を起こしてしまうと、ケースによっては大きな社会問題として報道され、業界に向けられる視線も厳しくなります。
運送業界をはじめとするドライバーをこうした事故から守り、健康で安全な運転を維持できるよう、厚生労働省は平成元年に「自動車運転手の労働時間等の改善のための基準」を公表しました。
このなかでは、運転目的や内容が異なるトラック運転手・バス運転手・タクシー運転手に分けられ、各ドライバーの勤務実態にあわせて休息期間の確保(拘束時間の限度)や運転時間の限度などが定められています。
トラック運転手の1か月あたりの拘束時間
1か月の拘束時間は原則として293時間が限度です。ただし、労使協定を締結した場合には、1年のうち6か月までは(1年間の構想拘束時間が3516時間を超えない範囲で)1か月の拘束時間を320時間まで延長ができます。
トラック運転手の1日の拘束時間と休息期間
トラック運転手の運転時間の制限
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運送業に携わるトラックドライバーにおいて、これまで指摘した問題点につき会社側が法令遵守せず不適切な運用を行っていれば、未払い残業代が発生している可能性もあります。
未払い残業代の請求については、ご本人で行うこともできますが、会社側が前向きに対応してくることはまれです。また、在職中の残業代請求は、会社側との関係性が悪化する恐れもあり、正当な要求であってもトラブルになることがあります。
そのため、未払い残業代の請求は、退職前に証拠集めの準備を進めておき、退職後に未払い残業代を請求する流れが多くなっています。
なお、弁護士を代理人に立てて残業代請求を行えば、会社側は無視しづらくなるため、ご自身で対処するより適切な残業代の回収・交渉を進めることができます。
運送・配送業に携わるトラックドライバーで、未払い残業代を請求したいと考えているときは、まず弁護士へ相談し、依頼をするべきかどうかを含め、検討されることをおすすめします。
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小湊 敬祐
Keisuke Kominato
働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。