未払い残業代請求の解決に向けた流れ

未払い残業代を会社に請求する方法として、おもに「任意交渉」「労働審判」「訴訟」があります。会社と交渉して解決できない場合には「労働審判」「訴訟」などの手段をとることになりますが、いずれもご自身で対応されるには負担が大きいと考えます。

ご自身による交渉で困難となるポイント

  • 任意交渉を行おうとしたら会社から相手にされなかった
  • 任意交渉には応じたが、会社が顧問弁護士を立ててきた
  • 訴訟や労働審判での主張は法的根拠も求められるため、専門家でなければ対応が難しい

交渉の流れは大きく3つに分けられますが、「任意交渉」「労働審判」「訴訟」それぞれにおいてどのような流れで進行していくのか、準備や手続きにも触れながら、弁護士へ依頼した場合の内容も含めた残業代請求の流れについて解説します。

この記事の内容

未払い残業代の請求に向けて証拠資料などの用意・準備をする

未払い残業代に必要な証拠をまとめたイラスト

未払いになっている残業代を会社へ請求するにあたり、事前に証拠資料などの準備を整えておく必要があります。

任意交渉にしても、その後の訴訟においてもタイムカードをはじめとする、残業していた事実(労働時間)を示す証拠資料がなければ交渉の入り口に立つことも難しくなってしまうため、まずは証拠資料の収集を進めます。

有効・有用となる主な証拠資料

  • タイムカード
  • 勤怠管理ソフトなどの記録データ
  • 上司の承認印のある業務日報
  • タコグラフ(運送業の場合)
  • 就業規則・雇用契約書・賃金規定・労働条件通知書など
  • 給与明細

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残業代請求で必要となる証拠について

証拠資料の準備ができたら、弁護士はその資料をもとに正確な残業代を計算して割り出し、任意交渉でしっかりした主張を行えるように準備・対策を進めます。

また、未払い残業代が時効で消滅しないよう、会社側へ内容証明郵便を送付するなどの手配も行います。

証拠保全手続きとは?

既に退職してしまっていて証拠が集められない場合や「証拠は確かに会社にはあるはずだけど、会社が開示してくれない」という場合は、「証拠保全」という手続きを行うことで開示されることもあります。

しかし、これは裁判所で訴訟を起こすことを前提とした手続きとなりますので、裁判手続きによる解決を望まない場合には、他方法による証拠の開示を求めることを検討しなければなりません。

証拠保全手続きは裁判所が動くので、残業代請求を行う本人が開示要求するよりも影響力が強く、多くの場合において会社は証拠の開示に応じます。

証拠保全手続きの申請はご自身で行うこともできますが、認められるためには証拠保全の必要性を裁判所に説明する必要があり、どの証拠を押さえるかもご自身で決める必要があります。

この手続きは裁判所に申請する手続きですので、弁護士とよく相談して検討されることをおすすめします。

証拠保全手続きの流れ

証拠保全手続きの流れについて、簡単に説明します。

(1)証拠保全の申立書を作成する
押さえたい証拠はなにか、証拠保全が必要な理由を具体的に書く必要があります。裁判官が客観的に必要性を確認できる資料(疎明資料)を添付する必要もあります。

(2)証拠保全の申し立てを行う
申立書が完成したら、裁判所に提出します。提出の際には収入印紙や郵券(郵便切手)も必要です。

(3)執行官から会社へ証拠保全手続きの連絡
事前に打ち合わせで決めた証拠保全実施日に、実際の証拠保全手続きの直前に執行官から会社へ連絡(送達)がなされます。

(4)証拠保全の実施
事前に打ち合わせで決めた証拠保全実施日に、裁判官と裁判書記官が証拠資料のあると思われる場所に赴き、証拠の開示を求めます。通常であれば申し立てた本人あるいは代理人(弁護士など)も同行します。カメラを持参したり、コピー機を持ち込んだりする場合もあります。

(5)証拠を確保する
裁判官の求めに従って、会社が証拠資料を開示した場合は内容を確認して撮影、書面の場合にはコピーを取ります。このときに会社が証拠開示の求めに応じない場合、裁判官がその場で証拠の提示命令を行うこともあります。

未払い残業代の回収に向けて会社と交渉する(任意交渉)

未払い残業代請求に向けて会社側と交渉をしているイラスト

労働審判や裁判を申し立てる前に、話し合いで解決できるよう弁護士が会社と直接交渉し、和解を求める方法です。

ご自身でも交渉を行うことはできますが、会社対個人で話し合う場合、会社側が顧問弁護士をつけたりすると力の差で没交渉になりやすく、納得の行く交渉が難しくなることもあります。そのため、弁護士に依頼をして会社との交渉を行うことで、対等に交渉を進めることができるようになります。

労働基準監督署への相談は有効か?

未払い残業代問題の相談相手として労働基準監督署(労基署)もあります。

労基署の目的は「労働基準法に違反している会社を是正すること」なので、違法労働が頻出していることが確実な場合は、会社に対して行政指導を行ってくれる可能性があります。残業の証拠が揃っていれば、残業代の計算も行ってくれますし、相談にも応じてくれます。

しかし、労基署は公的機関であり、警察と同じく民事不介入です。残業代請求の代行などは行っていませんので、あくまで「自分で請求を行う」ための相談相手として考えておいたほうがよいでしょう。

裁判官と労働審判員を交えて交渉する(労働審判)

未払い残業代請求に関する労働審判で協議を重ねているイラスト

任意交渉で解決に至らなかった場合には、労働審判という方法があります。事件によっては解決までに長い時間がかかる裁判手続きと比べて、労働審判は短期間で進行します。裁判所が関与して従業員と会社のトラブルを解決に導くことが目的の制度です。

労働審判とは?

労働審判手続きは、労働事件の早期解決を目的にした制度です。

労働審判は裁判所が関与するため、裁判官と労働問題のエキスパートである民間人の労働審判員2名が関与します。労働審判は原則的に3回の期日で審理終了を予定しています。話し合いによる解決の見込みがあれば調停、難しそうであれば解決案が提示されます(審判)。

労働審判のメリットとして、「原則3回以内の期日で終了するため、迅速に解決できる可能性がある」「従業員側と会社側双方から選ばれた労働審判員が審理に関与するため、実情に即した解決が見込まれる」「労働審判は非公開のため、プライバシーが守られる」などがよく挙げられるのですが、必ずしもこれらのメリットが有効に働くとは限りません。

労働審判にはデメリットも多く、審判に異議がある場合は訴訟手続きに移行することとなりますが、この場合、もう一度最初から審理し直すことになるため、はじめから訴訟に移行していれば、時間を無駄にせずに済んだと感じてしまう可能性もあります。

その他にも、労働審判では双方の歩み寄りが求められるため、請求額よりも減額された和解案で妥協するかどうかを求められる場面も多く見受けられます。

こうしたことから、任意交渉の状況によっては労働審判に移行せず、訴訟により解決を求めた方がよいケースもあります。任意交渉の段階で双方の主張に隔たりが大きく、労働審判を行っても歩み寄れる余地がないと考えられる場合、労働審判に移行せず訴訟を行うことも検討してよいでしょう。

この判断については、弁護士とよく話し合って対応されることをおすすめします。

労働審判の流れ

労働審判を弁護士に依頼すると、どのような流れで進行するのか、その流れについて説明します。

(1)弁護士への委任
弁護士と相談して、依頼する場合は委任契約書を交わします。

(2)労働審判の申立て
集めた証拠資料と事実関係をもとに、裁判所に労働審判申立書を提出します。

(3)裁判所が申立書を受理
特別な事情がない限り、受理されてから40日以内に第1回期日が指定されます。

申立書と証拠の写し、裁判所からの呼出状が会社に送られ、第1回期日の1週間前を期限として、会社から答弁書と証拠が届きます。第1回期日に備えて、会社からの回答を弁護士と一緒に検討します。

(4)第1回期日
原則として非公開で行われ、1回の期日は1~3時間程度かかります。裁判官と審判員が双方の主張と争点の整理を行い、当事者から事実関係を聴取します。

1回目で話がまとまりそうならば、1回の期日で調停が成立することもありますが、成立しない場合には、次回の期日を決められ、第1回期日は終了します。

(5)第2回期日以降
必要に応じて事実関係の聴取を再度行い、その後は調停の試みを中心に審理が進みます。

調停案がまとまった場合には、調停調書が作成されて労働審判は終了ですが、第3回期日でもまとまらない場合は、審判が出されるか、労働審判での解決が困難であるとして、裁判所の判断によって終了(労働審判法24条1項に基づく終了)となります。

(6)審判
審判は、その内容に双方から異議がなければ訴訟における判決と同等の効力を持ちます。審判の内容に不服がある場合は、告知されたときから2週間以内に異議申し立てをします。

その場合、訴訟手続きの提起があったとみなされ、訴訟手続きに進みます。

(7)24条終了
労働審判を申し立てれば、必ず審判が発令されるわけではありません。

労働審判法24条1項は、「労働審判委員会は、事案の性質に照らし、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないと認めるときは、労働審判事件を終了させることができる。」と定めており、この条項による手続きの終了のことを、24条終了と呼んでいます。

24条決定となりやすい事件は、労働審判の3回の期日では解決できないほど複雑な事件(解雇が絡む事件)や、大量の証拠があって調べきれない事件などです。

24条終了になると、手続きが自動的に訴訟へと移行します。

労働審判と訴訟の違いについて

労働審判と訴訟は、ともに裁判官が関与する点では同じですが、どのような違いがあるのか比較してみていきます。

労働審判は個人の労働トラブルのみが対象
労働審判では、個々の従業員と会社とのトラブルのみを対象としています。ただし、労働組合の争いは含まれません。なお、訴訟にはこうした制限はありません。

労働審判には裁判官と労働審判員が審理する
労働審判では、裁判官と労働者側・使用者側として各1名ずつ労働審判員が関与します。訴訟では、裁判官のみが審理します。

労働審判は原則3回の期日で終わる
労働審判では、原則として3回以内の期日で解決が図られます。訴訟では、複数回の期日が図られ、解決までに年単位の期間がかかることもあります。

労働審判は非公開
労働審判は非公開で行われますが、訴訟は公開が原則となります。

労働審判では結論が出るとは限らない
労働審判では、複雑な事件だと24条終了となる可能性が高いと言えます。

訴訟の場合、いったん提起すれば最終的に判決が出るため、勝ち負けが明らかになりますが、労働審判では結論が出ずに手続きが終わってしまう可能性があります。

訴訟で解決を図る

未払い残業代請求に関する訴訟の様子を描いたイラスト

任意交渉で会社側の主張が受け入れ難く、話し合いを重ねても厳しいと感じた場合や、労働審判で調停が成立せず、審判に異議申し立てがなされたときには、訴訟(裁判)で解決を図ることになります。

訴訟での解決は、費用と時間がかかることに加え敗訴リスクもありますが、労働時間そのものが争点になっていて、なおかつ確実に客観的な証拠がある場合には、請求した残業代を満額回収できる可能性の高い方法でもあります。

訴訟のメリット・デメリットについて

訴訟を残業代請求の方法として選ぶかどうかは、「費用」「時間」「敗訴リスク」の3つのポイントから考える必要があります。

訴訟は解決までに時間がかかることと、他の方法に比べて証拠調べなどが厳格であるため、手間も費用もかかります。そのため、回収できる残業代の金額にその手間やコストが見合っているかを考える必要もあります。

しかし、裁判を起こす際に遅延損害金や付加金を請求することができ、勝訴の場合には、会社に対して強制執行も可能となります。確実に客観的な証拠が揃っており、勝訴の見込みが高い場合にはもっとも適切な方法だといえます。

また、妥協をせず、しっかりと責任を追及したい場合にも訴訟手続きは有効な方法です。

訴訟(裁判)の流れ

訴訟に移行した場合、どのような流れで進行するのか、その流れについて説明します。

(1)原告が訴えを起こす
訴えの内容をまとめた「訴状」を作成して裁判所に提訴します。個人でも訴訟を起こすことは可能ですが、弁護士に依頼すると、必要な書類などの作成をすべて任せることができるので負担がありません。

(2)被告が答弁書を提出
「訴状」は裁判所を通じて、被告となる会社に送られます。被告は「訴状」の反論となる「答弁書」を裁判所に提出します。

(3)第1回弁論期日
訴状提出の約1か月後に第1回口頭弁論期日が指定されます。基本的には、訴状と答弁書の内容の確認をすることで第1回目は終了します。

(4)口頭弁論・弁論準備手続など(月1回)
原告/被告の主張に応じて、それぞれ準備書面や証拠の提出を行います。月に1度程度開かれる期日では、原告となる従業員側の代理となる弁護士、被告となる会社側、裁判官を交えて、争点の整理を進めます。

弁護士に依頼した場合、ほとんどの期日において、依頼者本人が裁判所に出頭する必要はありません。

(5)証拠調べ(証人尋問など)
原告/被告の主張のどちらが正しいのか、当事者や証人を尋問します。

尋問手続においては、依頼者本人の出頭が必要となります。

(6)裁判所からの和解勧告
証拠が出揃うと、裁判所から和解案が提示されます。和解となる場合は最初の主張に比べると一定の譲歩が必要となります。そのため、判決となる場合の見通しと比較して、和解に応じるかどうかを慎重に検討する必要があります。

(7)和解不成立時は判決(第一審)
和解に応じない場合は裁判所から判決が下ります。判決が出て、不服のある側が控訴しなければ裁判は終了します。

(8)残業代の支払いまたは控訴手続き
判決の内容に従った残業代の支払いがない場合には、勝訴判決や和解調書をもって強制執行手続きを行うことがあります。また判決に不服があれば控訴することが可能です。控訴する側が「控訴理由書」を提出し、第二審裁判が行われます。第二審の判決に不服がある場合にも、上告という不服申立てをすることができます。

未払い残業代請求の対応は弁護士への依頼を検討する

ここまで未払いとなっている残業代を会社に請求してから回収までの流れをみてきました。

未払い残業代の請求は、ご自身で行うこともできますが、任意交渉の段階で会社側が顧問弁護士を立ててきたり、労働審判や訴訟の対応は、弁護士のアドバイスや対応がないと厳しい局面に陥ることもあるため、できるかぎり早いタイミングで弁護士に相談されることをおすすめします。

早期にご相談・ご依頼があれば、証拠資料の集め方や効果的なもの、これからやるべきこと、考えるべきことを状況に合わせて弁護士がアドバイスを行うこともできるため、万一労働審判や訴訟に移行したときでも、不利にならないよう準備を進めることも可能です。

弁護士への相談・依頼のメリットとして、次の点が挙げられます。

事務代行で時間的負担の軽減

ご自身で残業代請求の対応をしようとしても、証拠収集だけでも大変です。弁護士に依頼をすることで、必要な証拠のアドバイス、証拠収集のサポートから内容証明郵便の作成・発送、証拠保全手続きの申立てなど、さまざまな事務作業をまかせることができます。

労働審判については、個人で申し立てるにはハードルが高い作業になると思います。申立てを行うための書類の作成や、会社側から送られてきた書類内容の検討など、労働問題に日常から触れている弁護士に依頼をすることで、事務手続きにかかる時間的負担を大幅に軽減することができます。

裁判対応はもっとも難易度が高く、訴訟を起こすには、まず勝訴の見込みから検討する必要があります。弁護士に依頼することで、どの請求方法が適切であるかを客観的に、状況に応じて判断することができます。

また、裁判で勝訴するには専門知識や経験が求められます。裁判所に求められる書類の作成や口頭弁論などは、日頃から労働問題に触れている弁護士が味方になることで、有利に展開できる可能性が高まります。

代理交渉による精神的負担の軽減

かつての勤め先とはいえ、ご自身で会社と交渉にあたれば、顧問弁護士が窓口になったり、そもそも会社側が門前払いを決め込んでくるなど、交渉が停滞してしまう恐れもあります。弁護士に依頼をすることで、弁護士が交渉の窓口となり、法的根拠に基づいてあなたの主張を会社に伝え、解決の糸口を探ります。
労働審判や訴訟においても、ご依頼者に代わって弁護士が出廷します。労働審判に関与する裁判官や労働審判員に通用する、法的根拠に基づいた主張で会社と対等に話し合うことができます。訴訟においても同様に、実際に解決するまでしっかり代行しますので、精神的なストレスが軽減されます。

残業代を回収して成果獲得

弁護士はこれまでの経験をもとに法的根拠に基づいた主張を行い、冷静に任意交渉・労働審判・訴訟の対応を進めます。そのため、個人で会社と話し合うよりも説得力があり、残業代回収の可能性を高めます。

ときに弁護士費用を気にされるあまり、ご自身で交渉を試み、思うように進められず弁護士に相談されるケースもあるのですが、未払い残業代の請求を検討している場合、まず一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

証拠資料の集め方や効果的なもの、これからやるべきこと、考えるべきことを、あなたの状況に合わせて弁護士がしっかりアドバイスを行いますので、ご自身が残業代を請求するにあたり気になる弁護士事務所があれば、複数事務所に相談してから検討するのもよいでしょう。

未払い残業代の請求は弁護士へご相談ください

初回相談は無料です

この記事の監修

小湊 敬祐

Keisuke Kominato

  • 弁護士
  • 上野法律事務所
  • 東京弁護士会所属

働き方改革やテレワークの導入による在宅勤務など、社会情勢の変化により企業の残業に対する姿勢が変化しつつあります。一方で、慢性的な人手不足により、残業が常態化している企業もあり、悪質なケースでは、残業代の支給がされていないこともあります。ご依頼者の働きが正当に評価されるよう、未払いとなっている残業代の回収を目指し、活動を行っています。

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