うつ病をはじめとした精神疾患が労災認定されにくい理由
「仕事による強いストレスでうつ病を発症した」、「度を越した上司のパワハラを毎日受け、PTSDを発症し仕事ができなくなった」など、仕事が原因と見られる精神障害の発症については、労災認定を受けることが難しいと言われています。
これは、仕事が原因による発症であることを証明する必要があるためです。客観的な根拠と事実に基づき、医学的な観点を含め慎重な判断が求められることから、調査にも時間がかかり、認定されにくい状況にあります。
厚生労働省が発表した「令和3年度過労死等の労災補償状況」の「精神障害に関する事案の労災補償状況の表2―1 精神障害の労災補償状況」を見ると、令和3年度の認定率は32.2%となっており、精神障害による労災認定の厳しい状況が伺えます。
なぜこのような難しい状況にあるのか、ここでは精神障害による労災認定を受けるための条件から、認定を難しくしている理由について解説します。
- この記事の内容
精神障害の発病についての考え方
厚生労働省は「精神障害の労災認定」のなかで次のように記載しています。
【引用】
厚生労働省:精神障害の労災認定/精神障害の発病についての考え方
精神障害は、外部からのストレス(仕事によるストレスや私生活でのストレス)とそのストレスへの個人の対応力の強さとの関係で発病に至ると考えられています。
発病した精神障害が労災認定されるのは、その発病が仕事による強いストレスによるものと判断できる場合に限ります。
ここで注意したいのは、「その仕事が仕事による強いストレスによるものと判断できる場合に限る」と明記している点で、この点を証明できるかがポイントになります。
仕事によるストレスが強いケースでも、同時に私生活の面で家族と揉め事を抱えている、借金問題で心身に負担を抱えている、過去に発症した病気やアルコール依存症などを抱えているなどの場合、私生活のストレスが原因で発症した可能性も否定できなくなります。精神障害発病が仕事によるものなのか、医学の面からも慎重な判断が求められます。こうしたケースにおける判定が難しい点も、労災認定を厳しくしているといえます。
うつ病などの精神障害が労災と認定されるための要件とは?
精神障害に関する労災認定要件は、3つの条件があります。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
この条件について、それぞれの項目を見ていきましょう。
認定基準の対象となる精神障害を発病していること
認定基準の対象となる精神障害ですが、世界保健機関(WHO)が作成した『国際疾病第10回修正版(ICD‐10)第5章「精神および行動の障害」』に記載されている、精神障害の分類に該当しているかを確認する必要があります。
発症した精神障害が該当していれば、認定基準の対象になります。例えばうつ病の場合、下記表F3の気分[感情]障害に当てはまるため、基準の対象となります。精神障害の労災認定基準となる分類は、主にF3やF4が中心です。
なお、認知症やお酒などのアルコール、薬物に関する障害は対象となりません。(下記表F0・F1)
ICD‐10 第5章「精神および行動の障害」分類
分類コード | 疾病の種類 |
---|---|
F0 | 症状性を含む器質性精神障害(アルツハイマー病の認知症など) |
F1 | 精神作用物質使用による精神および行動の障害 |
F2 | 統合失調症 統合失調症型障害および妄想性障害 |
F3 | 気分[感情]障害 |
F4 | 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害 |
F5 | 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群 |
F6 | 成人のパーソナリティおよび行動の障害 |
F7 | 精神遅滞〔知的障害〕 |
F8 | 心理的発達の障害 |
F9 | 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害 |
認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
これは、精神障害が発症するおおよそ6か月前から発症するまでの間、お仕事による精神的な苦痛や負担の事実関係を確認し、その内容が認定されることを指します。
精神的な苦痛や負担については、内容により「強」「中」「弱」の三段階に分けて評価を行っています。「強」と評価された場合、「業務による強い心理的負荷」があったと認められます。
例えば、次のような事実が発病する直前6か月の間に起こっていた場合、「強」に分類され、労災認定の対象になると考えられます。
- 上司や同僚から暴言・暴行を頻繁に受けていた
- 上司や同僚からいじめや嫌がらせを頻繁に受けていた
- 上司や同僚からセクハラやわいせつ行為を受けた
- 些細なミスでも人格否定するような叱責を頻繁に受けた
- 脅迫まがいの退職強要をされた
- 生死にかかわる業務上のケガや病気を負った
- 会社の経営に直結する重大なミスをしてしまい、事後処理まで行った
長時間労働について
長時間労働が原因と見られる精神障害の発症についても、基準が設けられています。
「極度の長時間労働」
発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った(休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低い場合を除く)
このように、「極度の長時間労働」と判断されれば「強」と評価され、業務による強い心理的負荷があったと認められます。
「極度の長時間労働」に該当しない場合でも、次に紹介する例においては「強」と評価されることもあります。
- 発病直前の1か月におおむね160時間以上の時間外労働を行った場合
- 発病直前の3週間におおむね120時間以上の時間外労働を行った場合
- 発病直前の2か月間連続して1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行った場合
- 発病直前の3か月間連続して1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行った場合
- 転勤して新たな業務に従事し、その後月100時間程度の時間外労働を行った場合
上記の時間外労働時間数の基準はあくまで目安であり、この基準に至らない場合でも心理的負荷を「強」と評価されることもあります。
- ここで示した「時間外労働」は」、週40時間を超える労働時間を指します。
業務以外で心理的負荷が発生していない・個体要因による発病でないこと
業務による強い心理的負荷と認定されることはもちろんのこと、逆のパターンで業務以外または個体要因による発病にあたらないと判断されることも求められます。
業務外での心理的負荷について、次のような例が挙げられます。
- 配偶者と不和が続き、別居または離婚した
- 親や友人が亡くなった
- プライベートで交通事故に遭った
- 親族間で相続問題が発生し、揉めている
- 水害や地震などの天災に見舞われた
- 借金問題を抱え、つねに返済で苦しんでいた
続いて、個体要因による発病については、次のような例が挙げられます
- アルコール依存症や薬物依存がないか
- 過去の精神疾患の既往歴
- 発達障害の有無
ともにここでお伝えした事例は一例に過ぎませんが、こうしたストレス要因や個体要因が業務外で発生していた場合、仕事が原因による発症と判断することが難しくなり、慎重な判断を受けることになります。
ここまで、精神障害による労災認定の3条件について、それぞれ解説してきましたが、認定されるには客観的な事実や証拠があるか、会社が協力的に対応してくれるか、認定に向けてのハードルが高いことは否定できません。
精神疾患に関する労災認定は、どのような手続きと準備が必要か、専門家である社労士などに相談するとよいかもしれません。
労災事故による損害賠償請求は弁護士へご相談ください
この記事の監修
小湊 敬祐
Keisuke Kominato
- 弁護士
- 上野法律事務所
- 東京弁護士会所属
労働災害をはじめ、交通事故、未払い残業代請求や相続紛争業務を中心に、ご依頼者の心情に寄り添いながら、さまざまな法律問題でお悩みの方に対し、解決にむけたサポートを行っている。