交通事故被害の基礎知識

交通事故における遷延性意識障害

交通事故における遷延性意識障害

「遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)」とは、交通事故による頭部外傷などによって、意識があることを確認できない状態が継続し、目を開けることはできるものの意思疎通ができない身体症状のことを指します。一般的には「植物状態」といわれます。

遷延性意識障害は、交通事故被害の中で最も重い後遺障害で、ご本人と会話による意思疎通や食事をすることができず、介助や介護も必要となります。生活への影響も非常に大きいため、ご家族としても現実に向き合い、受け入れることは想像を絶することと推察します。

金銭面のお話が先行するのも恐縮ですが、被害者ご本人・ご家族の将来を見据え、適切な賠償金を受け取ることの重要性について思慮することは、決して非道徳的なことではありません。

ここでは、遷延性意識障害に関する内容や後遺障害の認定について解説します。

この記事の内容

遷延性意識障害の症状と診断基準について

遷延性意識障害は、いわゆる「植物状態」を指します。びまん性軸索損傷などの、脳の広範囲に深刻な損傷が生じた場合に発症するといわれます。日本脳神経外科学会によって、以下の6項目が3か月以上続いた場合を遷延性意識障害としています。

(1)自力移動ができない
(2)自力摂食ができない
(3)し尿失禁がある
(4)声を出しても意味のある発語ができない
(5)簡単な命令には辛うじて応じることもできるが、意思疎通はほとんどできない
(6)眼球は動いていても認識することはできない

遷延性意識障害では、感覚や思考を司る大脳が機能しなくなっているため、周りの様子を認識したり、意味のある言動をしたりすることはできず、医学的に意識があるという証拠が見つからない状態です。

大きな音に驚くような反応を示したり、手に当たったものを握ったりする場合もありますが、これらは、意識して行っている行為ではありません。

遷延性意識障害と脳死の違いについて

脳死は「脳機能の死」を指し、脳幹を含めた脳の全ての部分の機能が停止しています。脳波は平たんで自力呼吸ができずにこん睡状態が続き、人工呼吸器を外すと亡くなってしまいます。脳幹はひとたび損傷すると回復できないため、脳死状態となった方の意識が回復することはありません。

他方で、遷延性意識障害の方は、生命維持に必要な脳幹が機能しているため、脳波があり、自力呼吸もできます。

点滴などで栄養をしっかり取り、健康状態に気を配れば、すぐに亡くなるものではありません。可能性は決して高くありませんが、少しずつ回復して意思疎通ができる、言葉を発することが出来るようになった例もあります。

このように、遷延性意識障害と脳死は症状や状態が異なります。

遷延性意識障害の治療・予後について

遷延性意識障害は、現在の医療技術では有効な治療方法が確立されておらず、一般に回復の見込みは非常に厳しいと言われています。

1980年代より下記表のような治療法も開発されてきましたが、有効率は決して高くありません。また、同じように見える症状でも脳の障害度はいくつかの段階があり、十分に検査しなければ、障害度に応じた治療の適応が決定できません。

遷延性意識障害の治療方法

脊髄後索電気刺激 心臓のペースメーカーに似た刺激装置を体内に埋め込んで、弱い電流で脳を刺激するという治療方法です。
脳深部電気刺激療法 脳深部の覚醒に関する核を電気で刺激する方法です。
正中神経刺激法 手の正中神経を電気で脳を刺激する方法です。
迷走神経刺激法 頚部で迷走神経を電気で刺激する方法です。

また、遷延性意識障害の方は、肺炎や尿路感染症、敗血症などのリスクを抱えており、残念ながら平均余命よりも短い期間で亡くなってしまうケースも多くなっています。

遷延性意識障害の看護や介護

遷延性意識障害の看護や介護は、現状の身体状況や健康状態を維持することを中心となり、入院から3か月程度で「転院」をすすめられることが多いとされます。さらに症状固定後には入院し続けることが困難となり、在宅介護や介護施設の入所を考える必要があります。在宅介護の場合、ヘルパーや訪問介護を利用しながらとはいえ、ご家族が24時間の介護を行わなくてはなりません。

そのため、住居の改造や介護費用などの確保を考慮すると、適切な賠償金を受け取ることが、経済的な負担を軽減するためにも重要となってきます。

主な看護・介護内容

肺炎予防・誤嚥(ごえん)の防止 菌を含んだ唾液が気管に入ってしまうと肺炎の原因になるため、歯磨きなどの口内ケアが必要です。
褥瘡(じょくそう)が発生
しないようにするための体位交換
寝たきりだと血流が滞り、皮膚の一部がただれたり傷ができてしまい、いわゆる「床ずれ」の状態になります。同じ部位を長時間圧迫しないように、定期的に体位を交換します。
関節拘縮の予防 寝たきりだと関節を動かさない状態が続くため、関節が固まり動かなくなってしまいます。そのため、定期的に介護者が身体を動かして予防します。
血栓予防 寝たきりだと脚の静脈に血栓ができてしまうリスクが高まります。血液をサラサラにする薬を使うほか、介護者がマッサージなどを行い予防します。
経管栄養 鼻あるいは口から胃まで挿入されたチューブで栄養剤を送る方法です。
痰吸引 口中・のど・気管にたまった痰やつば、鼻水など、機械を使って吸い出します。
排泄ケア 失禁があるため、おむつの交換が必要です。膀胱が機能せず自力排尿ができない場合には、尿管にカテーテルを挿入して排尿させます。また、下剤による排泄管理、摘便などを行います。
シャワー、清潔ケア、着替え、
リハビリへの付添いなど
その他、適宜身体状況や健康状態を維持するための介護が必要となります。

遷延性意識障害の後遺障害等級の認定について

遷延性意識障害の後遺障害等級の認定には、被害者本人が意思表示できないため、ご家族の協力がかかせません。遷延性意識障害の後遺障害等級の認定に関する内容や注意すべきポイントについて説明します。

成年後見人の選任申立て

遷延性意識障害では、被害者本人は意思表示ができないことから、ご本人に代わり適切な手続きができるよう、「成年後見人」を立てる必要があります。ご家族であっても、成年後見人を選任することなくご本人の代わりに損害賠償請求を行ったり、弁護士に依頼をすることはできません。

加害者側保険会社との交渉や訴訟を行うためには、家庭裁判所に後見人選任を申立て、就任した後見人が主体となって、損害賠償請求手続きを進めることになります。後見人選任費用は損害賠償の項目に含めることが可能です。

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遷延性意識障害の後遺障害等級認定に必要な書類

遷延性意識障害の後遺障害等級認定にあたっては、具体的な後遺障害の内容を記載した後遺障害診断書(医師が作成)CTの画像などの必要書類を準備し、自賠責保険会社や損害保険料率算出機構に書類を送付します。主に必要な資料は下記となります。

  • CTやMRIなどの画像の資料
  • 医師作成の後遺障害診断書
  • 脳外傷による精神症状等についての具体的な所見
  • 日常生活状況報告表

なお、遷延性意識障害における後遺障害等級の認定手続きには、介護の内容や程度の書面化が必要なうえ、それ以降も将来の介護費用や住宅改造費の積算にむけた、介護内容の詳細な書面化が求められます。

こうした証拠作成や収集などに要する作業・手間を省き、ご家族が介護に専念できる環境をつくるためにも、一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

遷延性意識障害の後遺障害等級について

遷延性意識障害は、後遺障害等級が1級・2級となり、労働能力喪失率が100%のため、逸失利益が高額になり、また、後遺障害慰謝料も高額となります。

遷延性意識障害の後遺障害等級

自賠責保険等級 神経系統又は精神の障害の程度 内容 労働能力喪失率
別表第1
1級1号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの 身体機能は残存しているが高度の
認知機能障害があるために、
生活維持に必要な身の回り動作
に全面的な介護を要するもの
100/100
別表第1
2級1号
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの 著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって、一人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。
身体動作的には排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの
100/100

遷延性意識障害の損害賠償請求に向けた留意点について

加害者側保険会社から示談の提案があった場合、その提示金額については慎重に検討する必要があります。

先程もお伝えしましたが、遷延性意識障害は後遺障害等級が1級、2級となり、労働能力喪失率が100%であるため、後遺障害慰謝料、逸失利益ともに高額となります。また、常時又は随時の介護が生涯必要となるため、将来介護費が非常に高額になりやすいという特徴があります。

「適正に各項目が計算されているか」「裁判所基準で算定されているか」「逸失利益の算定は適切か」など、提案内容が適正であるかをきちんと精査し、低額な示談金額になっていないか確認していくことが大切です。

安易に示談に応じてしまうと、後遺障害に応じた適正な賠償額を獲得できなくなるリスクがあります。

示談交渉を早く終わらせて介護に専念したいというご家族のお気持ちも十分理解できます。しかし、遷延性意識障害の場合、適正な賠償金額を受け取れるかどうかで、住宅の改造費用や介護費用をはじめ、ご家族の将来にも大きく影響します。

後から悔やむことのない適切な解決に向けて、示談交渉に関する知識やノウハウを持つ弁護士にご相談されることを強くおすすめします。

保険会社が提示する「平均余命期間」に注意する

遷延性意識障害は賠償金が高額となることから、加害者側保険会社は「遷延性意識障害」の被害者が、感染症などによって平均余命まで生きることができない可能性を挙げて、平均余命期間を低く算定した逸失利益や介護料を主張してくることがあります。遷延性意識障害の方は、呼吸器や尿路からの感染症、血栓症、臓器不全などを起こすリスクがあり、残念ながら実際に事故から数か月から数年程度で亡くなってしまう方もいらっしゃいます。こうしたことから、保険会社は一般人と同じ平均余命期間で賠償金額を算出することはほとんどありません。

裁判でも、一般人の平均余命年数よりも短く考える判例もありましたが、近年は、一般人の平均余命年数を生存可能期間として認定する裁判例が多くなっています。

ただし、内臓疾患、特に心臓病などの生命にかかわる重大な持病があるケースでは、余命を短く算定される可能性もあり、丁寧な主張立証が必要です。

保険会社の不当な主張には、医療内容と介護の方針などを元に反論していくことが必要です。特に、担当医師の医学的見地からの所見が不可欠です。

損害賠償額が高額となるため、協議は平行線になることが多く、裁判の場で被害者の適切な余命期間を算定する方法が一般的です。

将来の費用が争点になる

遷延性意識障害の方の場合、生涯にわたって毎日の介護費用が発生しつづけます。そのため、介護費用が多額に及び、その金額が大きな争点となることがほとんどです。

裁判例では、日額1~2万円程度の介護費用を認めるものが多いですが、保険会社側は、相当な介護水準を超えた過剰な介護であるとして、より低い金額を主張してくるケースが多いです。

事故後数年分のカルテ、医師意見書、ケアマネージャー作成の介護プランなどを用いて介護体制が相当であることを証明していくことが必要です。

また、遷延性意識障害の場合、今の状態を維持するために、将来にわたって胃ろうや気管切開部の点検などのための定期的な通院が必要です。さらに、介護のための自宅改修や自動車の改造、介護に用いる各種の器具の購入費用などもかかります。

これらの将来の治療費や家屋改造費用等についても、損害としてきちんと計上されているかに注意が必要です。

遷延性意識障害における示談交渉は弁護士に相談・依頼する

被害者が遷延性意識障害となった場合、ご家族は甚大な精神的打撃と、介護などの実生活上の大きな負担を同時に背負うことになります。悲しみの渦中にあるなかで、介護費用はどうするのか、成年後見人はどうするのかといった重大な問題に対応する必要もあり、そのご心労は察するに余りあるものです。

交通事故被害では弁護士にご依頼いただくことで、成年後見人選任・後遺障害申請・示談交渉・裁判といった一連の手続きをワンストップで行うことができ、ご家族のご負担をやわらげるとともに、将来かかる介護費用などをしっかり確保することができます。

ご家族が交通事故で遷延性意識障害になってしまい、ご不安・ご負担が大きい場合には、弁護士に一度ご相談ください。

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この記事の監修

交通事故の被害者の方は、ただでさえケガの痛みで苦しい思いをされているなかで、初めての諸手続きの大変さや先の見通しの不安を抱えて生活されています。弁護士は医者と違い、ケガの痛みを癒すことはできませんが、不安を取り除くともに、適正な賠償を受ける手助けをできれば幸いです。

弁護士三浦 知草

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