交通事故被害の基礎知識

交通事故の慰謝料算定における自賠責基準、任意保険基準、裁判基準の違い

交通事故の慰謝料算定における自賠責基準、任意保険基準、裁判基準の違い

交通事故被害に遭われたとき、事故で受けたさまざまな肉体的・精神的苦痛を、一定の基準をもとに金銭に置き換えて支払われるのが慰謝料です。

交通事故に関する慰謝料には「入通院慰謝料」「後遺障害慰謝料」「死亡慰謝料」があり、それぞれの慰謝料額は、「自賠責保険基準」「任意保険基準」「裁判基準」の3つの基準で算定することができます。

ただし、同じケガでも「自賠責保険基準」「任意保険基準」「裁判基準」では金額が大きく異なり、自賠責保険基準が一番低い慰謝料額となり、裁判基準がもっとも高い慰謝料額となります。

ここでは、「自賠責保険基準」「任意保険基準」「裁判基準」それぞれの特徴や違い、裁判基準で示談交渉にあたるにはどのような対応が必要になるのか説明します。

この記事の内容

通院治療期間の慰謝料/後遺障害慰謝料における自賠責保険と裁判基準の差

はじめに、通院治療期間の慰謝料と後遺障害慰謝料の自賠責保険基準と裁判基準の違いについて次の表をご覧ください。

通院治療期間の慰謝料における自賠責保険と裁判基準の差(軽傷以外)

通院期間 賠責保険基準 裁判基準
1年 103万2000円 154万円
6か月 51万6000円 116万円
3か月 25万8000円 73万円
2か月 17万2000円 52万円
1か月 8万6000円 28万円
  • ※入院なし、通院1か月につき10日の通院で診療やリハビリをした場合「交通事故損害額算定基準」日弁連交通事故相談センター本部発行より引用
  • ※自賠責保険基準は令和2年4月1日以降に発生した事故に適用されるもの

通院治療期間の慰謝料における自賠責保険と裁判基準の差(むちうち等の軽傷)

通院期間 自賠責保険基準 裁判基準
1年 103万2000円 119万円
6か月 51万6000円 89万円
3か月 25万8000円 53万円
2か月 17万2000円 36万円
1か月 8万6000円 19万円
  • ※入院なし、通院1か月につき10日の通院で診療やリハビリをした場合「交通事故損害額算定基準」日弁連交通事故相談センター本部発行より引用
  • ※自賠責保険基準は令和2年4月1日以降に発生した事故に適用されるもの

後遺障害慰謝料における自賠責保険と裁判基準の差(介護を要するもの)

等級 自賠責保険基準 裁判基準
1級 1650万円 2800万円
2級 1203万円 2370万円

後遺障害慰謝料における自賠責保険と裁判基準の差(介護を要するもの以外)

等級 自賠責保険基準 裁判基準
1級 1150万円 2800万円
2級 998万円 2370万円
3級 861万円 1990万円
4級 737万円 1670万円
5級 618万円 1400万円
6級 512万円 1180万円
7級 419万円 1000万円
8級 331万円 830万円
9級 249万円 690万円
10級 190万円 550万円
11級 136万円 420万円
12級 94万円 290万円
13級 57万円 180万円
14級 32万円 110万円
  • ※自賠責保険基準は令和2年4月1日以降に発生した事故に適用されるもの

単純にこの表を見ていただいても、自賠責保険基準と裁判基準には、慰謝料の金額に倍以上の開きがあるところが大半です。

この表をご覧になった後では、多くの交通事故被害者は示談交渉において「裁判基準」をもとに慰謝料の算定を進めたいと考えるのではないでしょうか。

なぜ「自賠責保険基準」「任意保険基準」「裁判基準」の3つの基準が存在するのか

「自賠責保険基準」「任意保険基準」「裁判基準」は、それぞれ異なる位置づけの基準です。

自賠責保険基準は、事故被害者に対する最低限の救済のための基準という位置づけです。

任意保険基準は、任意保険会社が、自賠責保険で足りない部分に上乗せの賠償を行う際の独自基準です。

裁判基準は、事故によって被害者に生じた全ての損害を算定したものなので、通常3つの基準の中では最も高額になります。

自賠責保険基準とは?

自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)は、公道を走る全ての自動車に加入が義務付けられている強制保険です。交通事故でケガをした被害者に生じた損害を填補し、最低限の救済をすることを目的としています。

自賠責保険は、自動車損害賠償保障法及び同施行令という法律・政令によって規律されており、国の定める一定の支払基準に従って保険金が支払われます。加入している自賠責保険会社によって保障内容が変わることはありません。

自賠責保険基準の長所

最低限の基準である自賠責保険基準ですが、次のような長所も持っています。

比較的簡易な手続きで定額の支払いを受けることができる

自賠責保険基準の場合、決められた書類を提出すれば、支払基準に従って一定額の保険金が支払われます。損害の発生を個別具体的に証明する必要はありません。慰謝料であれば、被害者が実際に被った精神的苦痛を説明する必要はなく、入通院日数や後遺障害等級に従って定額が支払われます。

自賠責保険基準の長所がわかりやすいのが、後遺障害逸失利益(後遺障害による労働能力喪失についての損害)です。後遺障害等級ごとに支払基準が定められているため、骨の変形障害・味覚障害などの労働能力に影響の出にくい後遺障害や、現実には減収が生じていないケースでも、逸失利益分の保険金を受けることができます。

被害者の重過失以外は減額されない

自賠責保険基準では、被害者の過失分を総損害額から差し引いて支払う「過失相殺」の適用がありません。被害者に7割以上の重過失がある場合のみ、以下のように一定の割合で減額がなされます。

自賠責保険金の重大な過失による減額

被害者の過失割合 減額割合
後遺障害・死亡 傷害
7割未満 減額なし
7割以上8割未満 2割減額 2割減額
8割以上9割未満 3割減額
9割以上10割未満 5割減額

このため、被害者の過失が特に大きい事故の場合、過失相殺の適用がある他の2つの基準よりも、自賠責保険基準で受け取れる金額が大きくなる場合もあります。

自賠責保険基準の限界

上記のような長所の反面、自賠責保険基準の賠償には限界もあります。

保障額に上限が定められている

自賠責保険では、自動車損害賠償保障法施行令によって、以下のとおり保険金額の上限が定められています。

一見大きな金額に見えますが、慰謝料だけでなく、死亡・後遺障害の場合には逸失利益、傷害(入通院)の場合には治療費・休業損害などを含めての保障額のため、被害者に実際に生じた損害は、この上限を超える場合がほとんどです。

自賠責保険基準の上限額

分類 自賠責保険基準の上限額
死亡部分 3000万円
後遺障害部分
(別表第1 介護を要するもの)
1級 4000万円
2級 3000万円
後遺障害部分
(別表第2 その他)
1級 3000万円
2級 2590万円
3級 2219万円
4級 1889万円
5級 1574万円
6級 1296万円
7級 1051万円
8級 819万円
9級 616万円
10級 461万円
11級 331万円
12級 224万円
13級 139万円
14級 75万円
傷害(入通院)部分 120万円
損害項目ごとに保障額が定められている

保険金額の上限の他に、自賠責保険基準では、損害項目ごとに支払基準の枠が定められています。最初にご説明した慰謝料の自賠責保険基準がこの支払基準の枠になります。例えば、むち打ち症のケガによる損害の総額が、120万円の上限を下回っていたとしても、1日当たりの慰謝料は4300円の支払基準分しか請求できないのです。

この枠を超える損害が生じたことを被害者が証明できたとしても、支払いを受けられる保険金は、支払基準の範囲内ということになります。

任意保険基準とは?

任意保険は、自賠責保険ではカバーしきれない損害を上乗せして賠償するという位置づけの保険です。もっとも、事故によって生じた損害の全てを賠償してくれるわけではありません。

任意保険基準は保険会社により独自の基準を設けているため、会社により金額の違いはありますが、多くは自賠責保険基準と裁判基準の間で算定されることが多いです。中には示談提案の際、限りなく自賠責保険基準に近い提案をしてくる保険会社もあります。慰謝料の他に、主婦(夫)休損(家事労働についての休業損害)などにも、自賠責保険基準がそのまま当てはめられることがあります。

自賠責保険基準のように国の定めたルールではなく、各保険会社の内部基準のため、被害者ご本人の交渉によって、多少は弾力的に金額の調整がなされます。もっとも、事故の悪質性や被害者の苦痛の程度といった個別の詳細な事情はあまり考慮されない例が多くなっています。

示談交渉の際に、被害者ご本人に提示されるのは、この任意保険会社基準により算定された賠償金額です。弁護士を立てずにご本人が交渉しても、当初示された任意保険会社基準から大きく増額することは稀です。

任意保険・自賠責保険間の賠償金の負担関係

任意保険会社は、被害者に対して慰謝料その他の賠償金を支払いますが、全額を自社で負担しているわけではありません。

既にご説明した自賠責保険の基準の範囲内で、任意保険会社は、支払った費用を、自賠責保険から回収することができます(「求償」といいます)。

例えば、任意保険会社が、ケガ(入通院)に関する損害について、治療費・休業損害・慰謝料などを合計150万円被害者に支払った場合、自賠責保険に120万円を求償でき、残りの30万円が任意保険会社自身の負担になります。

ケガによる損害額について、120万円をわずかに上回る示談提案がなされるケースでは、任意保険会社が自社負担分を考慮している可能性があります。

裁判基準(弁護士基準)とは?

裁判基準は、交通事故裁判例の蓄積によって形成された基準です。

交通事故裁判では、慰謝料額が基準化・定額化されているのが特徴で、裁判実務はこの裁判基準に則って動いています。なお、不貞慰謝料等その他の分野の慰謝料では、このような金額の定額化は見られません。

弁護士が交渉や裁判を行う際に請求するいわゆる「弁護士基準」の慰謝料も、裁判基準に準じたもので、交渉解決なら裁判基準の9割程度、裁判やADRでの解決なら裁判基準の満額での解決を目指します。

裁判基準慰謝料は、日弁連交通事故相談センターの発行する「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」という本に記載されています。弁護士や保険会社の担当者が口にする「赤い本」や「赤本」という言葉はこの本を指しています。

裁判基準は最も高額になりやすい

裁判基準は、被害者に生じた損害の100%分にあたるため、通常3つの基準の中で慰謝料額が最も高くなります。

また、裁判基準は、あくまで一般的な基準を定めたものであり、裁判官はこの基準に絶対に従わなくてはいけないわけではありません。そのため、被害者が、肉体的・精神的苦痛が通常よりも大きいことを証明できた場合には、裁判基準を超える慰謝料額が認められることもあります。

裁判基準に短所はあるか?

通常高額になりやすい裁判基準ですが、あらゆる場合に最も高額になるわけではありません。

裁判基準を用いる場合、過失相殺が適用されるため、被害者の過失がかなり大きい場合には、自賠責保険基準を下回ることもなくはありません。このような場合には、自賠責保険から保険金を受け取ると、交渉・裁判をしても追加で受け取れる慰謝料はないということになります。

また、裁判官が裁判基準を超える慰謝料額を認めることができる反面として、加害者側の立証次第では、逆に裁判基準を下回る認定を行うことも可能であり、相手方が自賠責保険後遺障害等級などを激しく争っている場合には注意が必要です。

ご自身の事故について、保険会社と過失や治療期間などの主張に大きく隔たりがある場合には、裁判基準を適用した場合の見込み額を知った上で示談交渉・裁判に臨むことが必要ですので、一度弁護士に相談してみましょう。

加害者側保険会社はどの基準で慰謝料を算定し、提案されるのか?

加害者側保険会社は、自社独自の任意保険会社基準で慰謝料を算定し、被害者の方に提示しています。裁判基準は高額になるケースが多いことから、保険会社としては任意保険会社基準を用いて示談を行うことで、自社の負担する賠償額を圧縮することができます。

既にご説明したとおり、自賠責保険の枠内であれば任意保険会社自身ではなく自賠責保険の負担となるので、自賠責保険基準に近い基準を用いることで、自社負担を抑えようとしていると考えられます。また、ときには自賠責保険基準そのものでの示談提案がなされることもあります。

裁判基準で示談交渉するには弁護士に依頼する

裁判基準による慰謝料の支払いを求めたい場合には、弁護士を代理人に立てて示談交渉を行うことが必要です。弁護士は、裁判基準に則って損害算定を行い、適正な慰謝料の支払いを求めます。また、交渉において相手方保険会社が適正な水準での賠償に応じない場合には、裁判やADRの手続きを行って適正な賠償獲得を目指します。

被害者ご本人による交渉では、保険会社は裁判基準算定に応じてもらえない

被害者の方の中には、ご自身で慰謝料について調べ、保険会社から提示されている慰謝料が裁判基準に比べてかなり低いことに気づく方もおられます。この際に、被害者ご本人が交渉して、裁判基準に近い水準で示談をしたいと申し出ても、相手方保険会社は通常応じてくれません。保険会社はそれぞれ内部の決裁基準を設けており、本人交渉の場合には、裁判基準・弁護士基準での示談に決裁が下りないという扱いになっていることが多いのです。

慰謝料が低すぎることに気づいた場合には、弁護士に示談交渉を依頼することを検討してみましょう。

加害者側保険会社より示談提案を受けたら一度弁護士に相談する

加害者側保険会社が最初から裁判基準で示談提案してくることはほとんどありません。はじめて交通事故被害に遭われた方は、こうした事情を知らないことが多く、示談提案書をみて相当低い金額でなければ妥当な金額なのだろうと示談に応じる方もおります。

加害者側保険会社より示談提案を受けた際は、示談提案が妥当な金額であるかどうか、まずは一度弁護士に相談されることをおすすめします。

相談されれば、弁護士が裁判基準をもとに示談金額を算定しますので、差額がどの程度あるのか確認することができます。

交通事故被害による示談交渉は弁護士にご相談ください

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この記事の監修

交通事故の被害者の方は、ただでさえケガの痛みで苦しい思いをされているなかで、初めての諸手続きの大変さや先の見通しの不安を抱えて生活されています。弁護士は医者と違い、ケガの痛みを癒すことはできませんが、不安を取り除くともに、適正な賠償を受ける手助けをできれば幸いです。

弁護士三浦 知草

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