交通事故被害の基礎知識

交通事故の示談における裁判外紛争処理機関(ADR)の役割とは?

交通事故の示談における裁判外紛争処理機関(ADR)の役割とは?

加害者側保険会社と示談交渉が難航し、これ以上の交渉が難しいとなれば法的手続きの検討も視野に入れて対応を進める必要があります。しかし、訴訟で解決を目指そうとすると、日数や費用もかかり、ご自身の希望する内容で終結するとは限りませんので、訴訟への移行は難しい判断を迫られます。

こうした状況にあるときは、裁判外紛争処理機関(ADR)である交通事故紛争処理センターや日弁連交通事故相談センターなどを利用することで、費用や手間をかけずに和解あっせんを行ってもらい、解決を図る方法があります。

ここでは、交通事故におけるADRの役割やその特徴について説明します。

この記事の内容

交通事故ADRの役割について

ADR(Alternative Dispute Resolution)は、「裁判に代わる紛争解決手段」を意味し、あっせん、調停、仲裁といった手続きを指します。

交通事故事件でよく利用されるADRとしては、「交通事故紛争処理センター(通称「紛セン」)」の和解あっせんや「日弁連交通事故相談センター」の示談あっせんがあります。

その他、日本損害保険協会(保険会社で構成される団体)が苦情・紛争の解決を行うために設置している「そんぽADRセンター」や、自賠責保険の認定に関する紛争の調停を行う「自賠責保険・共済紛争処理機構」なども、交通事故についてのADRです。

また、裁判所で行う民事調停(交通調停)も、司法的ADRといわれますが、時効完成を阻止できるなど、民間のADRにはない効果を有しています。

ADRの中で、あっせん・調停は、専門知識を有する第三者(弁護士など)を間に入れて当事者双方が主張を行い、解決を目指すもので、話し合いの延長です。当事者双方が合意しない限り、和解は成立せず、解決には至りません。

仲裁は、間に入る第三者が、一定の解決案を提示し、当事者がこれに従うものです。仲裁が出された場合の拘束力については、手続きによって差があります。例えば、交通事故紛争処理センターの仲裁(審査会による裁定)であれば、申立人(被害者)は結果に不服があれば不同意にできますが、相手方(加害者保険会社)は裁定を尊重しなければならず、結果を拒絶できません。

ADRのメリット

ADRは、裁判に比べて簡便な手続きであり、準備しなければならない資料なども少なくて済みます。裁判のように法律で厳格なルールが定められているわけではないため、進め方や解決方法も、柔軟に取り決めやすいといえます。

また、解決にかかる時間も、裁判よりも短いことが通常です。交通事故紛争処理センターの和解あっせんであれば3~5回程度、日弁連交通事故相談センターであれば2回前後の期日で手続きが終了する場合が多いです。

費用面でもADRは利用しやすいといえます。裁判の場合には、請求金額(訴額)の大きい事案では数十万円の手数料を裁判所に納める必要がありますが、多くのADRでは、手数料は無料か、裁判に比べて相当低額とされています。

交通事故紛争処理センター

交通事故紛争処理センターは、交通事故に関する紛争の適正な処理に資する活動を行う公益財団法人です。

交通事故の被害者と加害者加入の任意保険会社との間の、示談をめぐる紛争を解決するため、「和解あっせん」と「審査」の手続きを行っています。これらの手続きは無料で行うことができます。

交通事故紛争処理センターでは、和解あっせんの申し立てがあると、交通事故に精通した弁護士があっせん人として間に入り、当事者の主張を整理して和解を目指します。

以前はセンターに出向いて期日に出席することが必要でしたが、現在、東京のセンターなどでは、電話でのあっせん手続きが中心となっています。

申し立てのうち7割程度が3回以内、9割程度が5回以内の期日で終了となっています。

主張の隔たりが大きく、和解あっせんが不成立となった場合には、「審査」の申し立てを行うことができます。

審査会では、審査員が「裁定」を行い、紛争の結論を示します。審査員は、元裁判官・法律学者・弁護士などで構成されています。この審査会の裁定は、申立人(被害者)側は、結論に不服があれば不同意とすることができますが、相手方である保険会社・共済組合は、裁定に不同意を出すことができないというのが特徴です。

賠償基準は、基本的に和解あっせん・審査ともに、被害者に最も有利な基準である裁判基準で算定されます。

交通事故紛争処理センターで取り扱えない案件

利用のメリットの大きい交通事故紛争処理センターですが、すべての交通事故案件に対応しているわけではなく、以下のような類型の事件には不対応です。

加害者が自動車・バイクでない事故

自転車同士の事故や、自転車と歩行者との事故は取り扱い対象外です。

加害者保険会社以外に対する請求

交通事故紛争処理センターで取り扱ってもらえるのは、自動車事故の相手方(加害者)に対する請求です。ご自身の加入している保険(人身傷害補償保険・搭乗者傷害保険)への支払請求、治療費を巡る医療機関や健康保険組合との紛争は取り扱い対象外です。

後遺障害等級に関する紛争

後遺障害の等級に納得ができない場合には、交通事故紛争処理センターではなく、自賠責保険への異議申立てもしくは自賠責保険紛争処理機構による調停、または裁判を行う必要があります。

加害者が任意保険・共済に加入していない場合

加害者が任意保険・共済に加入していない場合、つまり、自賠責保険のみ又は無保険の場合には交通事故紛争処理センターを利用することができません。加害者の任意保険会社が不明な場合も同様です。

また、ほとんどの任意保険会社は、センターとの合意により、和解あっ旋の話し合いに応じ、審査会の裁定を尊重することになっているのですが、このセンターとの合意をしていない保険会社・共済組合を相手方とする場合には、センターの手続きを行うことができません。

すでに訴訟や調停が行われている場合

裁判中・調停中や、他のADRの手続き中は、センターの手続きを行うことはできません。判決や和解がすでに行われていて、その事故について解決済である場合も同様です。また、同じ事案について、センターでの和解あっせん手続きがすでに行われている場合には再度手続きを行うことはできません。

治療中

被害者がまだ治療を続けている段階の場合、まだ損害額を確定できないため、センターでの手続きは停止されます。

他の手続きの進行中・進行予定

後遺障害の申請や異議申立手続きが続いている場合も、同様に損害額を確定できないため、手続きは停止します。

日弁連交通事故相談センター

日弁連交通事故相談センターは、日本弁護士連合会が設立した機関で、交通事故被害者の救済を目的として、無料法律相談と示談あっせんを行っています。取り扱い対象は、自動車事故(自動車・バイクの関わる事故)です。

無料相談を担当した弁護士が、示談あっせんに適した事案と判断した場合に、示談あっせんの手続きを行い、示談の成立を目指すことができます。

交通事故紛争処理センターとの違い

日弁連交通事故相談センターと交通事故相談センターとは、どちらも自動車事故(自動車・バイクの事故)を対象としていますが、取り扱える事件には違いもあります。

相手方が任意保険に加入していない場合にも利用できる

日弁連交通事故相談センターでは、相手方が自賠責保険にしか加入していない場合・無保険の場合も、示談あっせんを行うことができます(ただし、相手方が示談あっせんに同意して手続きに参加することが必要です)。

治療中でも相談できる

交通事故紛争処理センターでは、治療や後遺障害等級認定が完了し、損害が確定できる状態になった案件を取り扱っているのに対し、日弁連交通事故相談センターでは、治療中から無料相談を受け付けています。高次脳機能障害に特化した相談窓口を設けているのも特徴です。

審査に進めるのは協定のある共済のみ

交通事故紛争処理センターでは、和解あっせんが不調になった場合に審査申し立てができるのに対して、日弁連交通事故相談センターでは、審査へ移行できるのは、センターと協定を結んでいる9つの共済(全労済・JA共済連など)に限られます。それ以外の保険会社との紛争について審査に進むことはできません。

日弁連交通事故相談センターと交通事故紛争処理センターでは、このように扱える事件に違いがありますので、ご自身の事件に適したADR機関を選ぶことが重要です。

どのような場面で交通事故ADRを利用するべきか

交通事故ADRは、裁判よりも簡易・迅速な手続きです。争点が比較的少なく、厳密な立証を要しない事件に向いています。

具体的には、治療期間や慰謝料額、休業損害の金額などに争点が絞れる事件はADR手続きになじみやすいといえます。

上記のような争点について、交渉をしても相手方保険会社と主張の隔たりがあり、示談合意ができない場合には、交通事故ADRの利用を検討すべきタイミングといえます。

交通事故ADRのデメリットについて

簡易・迅速という利点を持つADRですが、交通事故の中でもADRには向かない事件もあります。

ここでは、ADRに向かない事件やADRのデメリットをご説明します。

詳細な立証が必要な事件には向かない

簡易・迅速であることの反面、ADRは、事件が複雑で、争点について詳細な立証を要する事件には向きません。後遺障害の内容に争いがあり、医療記録の分析が必要な事件や、事故態様についての主張が大きく対立していて尋問が必要な事件は、ADRには馴染みません。このような難しい争点がある場合には、裁判を行い、時間をかけて主張・立証を行う必要があります。

また、ADRは基本的にお互いに譲歩しながら合意できる金額を探る手続きのため、裁判に比べれば和解金額がやや少なくなることもあります。死亡事故や重度後遺障害の残る事故で、賠償額を最大化したい場合には、裁判手続きの方が向いている可能性があります。

相手方に任意保険がない事案には向かない

ADRは、相手方(加害者)が任意保険に加入していない事案には向きません。

交通事故紛争処理センターでは、そもそも相手方が任意保険に加入していないケースは対象外です。

日弁連交通事故相談センターでは、無保険・自賠責保険のみの事案も扱えますが、相手方本人がADRに参加しようとせず、手続きが進められないことも予想されます。また、仮に相手方が出席して何らかの合意ができたとしても、ADRでの合意書は、強制執行のできる「債務名義」にならないため、賠償の実効性に欠けることになります。債務名義が欲しい場合には、裁判での判決や和解か、民事調停(交通調停)での和解が必要です。

時効を止める効果がない

ADRの申立ては、時効の更新(中断)や完成猶予(停止)の効果を有しません。

損害賠償請求権が時効で消えてしまうことを防ぐためには、相手方から時効更新の承認を取り付けるか、裁判所に民事調停や訴訟を申し立てるなど、別途時効を止める措置をとる必要があります。時効の完成が近い場合には、早めに弁護士に相談してみましょう。

ADRで解決できないときは、改めて裁判を起こす必要がある

ADRは、当事者のいずれかが解決に同意しない場合には、手続きが終了(打ち切り・不成立)となります。紛争を解決したい当事者は、改めて裁判を起こす必要があります。

裁判には、ADRでのやりとりや資料は引き継がれません。したがって、合意できる見込みが薄いのにADRを申し立てると、改めて裁判を行わなければならなくなり、準備が二度手間になってしまいます。

交通事故ADRを利用した場合の流れについて

実際にADRを利用した場合の流れについて、交通事故紛争処理センターと日弁連交通事故相談センターの場合に分けて解説します。

交通事故紛争処理センターの場合

交通事故紛争処理センターでの手続きの流れは以下のとおりです。

法律相談・和解あっせん手続き

交通事故紛争処理センターでは、電話で利用申し込みを行うと、まずは初回期日で申立人と担当弁護士との面談相談が実施されます。この相談期日は、申立人に代理人弁護士がついている場合には省略されます。

2回目の期日からは、相手方(通常は相手方保険会社の担当者)も出席して、和解あっせんが始まります。あっせん人弁護士は、中立の立場で双方の言い分を聴取し、示談に向けて和解あっせん案を提示します。当事者双方があっせん案に同意した場合には、示談が成立します。

あっせん不調の場合の審査移行

当事者のいずれかがあっせん案に同意しなかった場合には、和解あっせんは不調(不成立)となり、あっせん手続きは終了します。

申立人が、引き続き審査を希望する場合には、審査申立てを行い、手続きは審査に移行して、審査会の期日が設けられます。審査会では、改めて当事者双方の言い分を聞いたうえで、裁定(結論)が示されます。申立人がこの裁定に同意した場合、相手方保険会社から裁定どおりの賠償金支払いが行われます。

申立人が不同意の場合、審査手続きは終了し、改めて裁判で解決を目指す必要があります。なお、相手方保険会社は、裁定結果を尊重することになっているため、ひとたび裁定がなされれば、不同意にすることはできません。

相手方保険会社から審査の申し立てを行うことも可能ですが、この場合には、申立人が審査移行に同意することが必要です。

訴訟移行の要請による手続き終了

相手方保険会社が、和解あっせんの間に「訴訟による解決の要請」を行う場合があります。相手方保険会社が、事故とケガとの因果関係や事故態様を争っていて、和解あっせんでの解決にふさわしくないと考えるような場合には、この訴訟移行の要請が行われます。

センターがこの要請を承認した場合には、センターでの手続きは終了してしまい、申立人は改めて裁判を起こす必要があります。

日弁連交通事故相談センターの場合

日弁連交通事故相談センターでの手続きの流れは以下のとおりです。

無料相談

日弁連交通事故相談センターでは、申し込みがあると、まず電話または面談での法律相談を行います。同一の事件について、5回まで無料相談が可能です。

示談あっせん手続き

相談担当弁護士が、その事件が示談あっせんに適した事件だと判断したときには、示談あっせんの申し込みができます。相手方(相手方保険会社)が、示談あっせんを行うことに同意すると、あっせん手続きが開始されます。

相手方があっせん手続きに同意しない場合には、手続きを行うことができませんので、裁判を行うことが必要です。

示談あっせん手続きでは、あっせん担当弁護士が、申立人と相手方双方の主張を聞き、適正な示談を目指します。期日は1〜2回で完了する事案が多いです。

当事者双方があっせん案に同意した場合には、示談が成立します。

あっせん手続きの終了

当事者のいずれかが、あっせん案に同意しない場合には、あっせんは不調となります。

相手方がセンターと協定をしている共済組合の場合には、センターでの審査手続きに移行できます。

それ以外の場合には、手続きは終了となり、再度の相談を行うか、裁判で決着を図ることになります。

交通事故ADRを利用する前に弁護士へ相談すべきか?

ADRの申し立ては、訴訟提起のように難しいものではなく、交通事故の専門知識がなくとも行うことができます。

もっとも、実際にADRを申し立てる前には、一度交通事故に詳しい弁護士にご相談することをおすすめします。

ADRが最適な選択かを判断できる

ご自身では示談交渉での解決ができないと考えている事件であっても、弁護士が代理人として示談交渉を行うことで、ADRを申し立てるまでもなく、早期に適正な賠償金を獲得できる場合があります。

逆に、ADRで扱うには複雑すぎる事件で、資料を十分に集めたうえで、裁判によって賠償額を最大化すべき事案であることが判明する場合もあります。

また、ADRで協議を行う際には、その時点で認定されている後遺障害等級が前提になりますが、等級を争う異議申し立てなどの手続きを先行させることで、適正な賠償に近づくことができるケースもあります。

ご自身の事件について、現時点でADRを申し立てるのがベストな選択かどうかを判断するためにも、一度申し立て前に弁護士に相談してみましょう。

ADRが適切に進むよう活動できる

ADRの多くは、平日日中に実施されます。出席のためのスケジュール調整や提出物の準備の労力を軽減するためにも、弁護士に依頼することが有益です。

また、あっせん手続きでは、当事者双方が主張を書面や口頭で行い、あっせん人が双方の主張を踏まえたあっせん案を提示します。あっせん人は、中立な立場で手続きに関わるため、被害者が出すべき主張・証拠を積極的に教えてくれるわけではありません。あっせん手続きの中で、必要な主張・証拠を提出し、適正なあっせん案を受けるためにも、弁護士に依頼してADRを行うことが望ましいといえます。

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この記事の監修

交通事故の被害者の方は、ただでさえケガの痛みで苦しい思いをされているなかで、初めての諸手続きの大変さや先の見通しの不安を抱えて生活されています。弁護士は医者と違い、ケガの痛みを癒すことはできませんが、不安を取り除くともに、適正な賠償を受ける手助けをできれば幸いです。

弁護士三浦 知草

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