後遺障害認定における症状固定の重要性について
calendar_today公開日:
event_repeat最終更新日:2023年06月26日
交通事故による後遺障害について
「症状固定」とは、治療を継続しても症状が一進一退の状態となり、これ以上ケガの症状が改善しない・治療の効果が出ない状態を指します。
ケガが事故前とほぼ同じ状態に回復する「治癒」と違い、症状固定では、ケガの部位が事故前と同じ状態に戻らず、痛みや痺れ、可動域の制限が残るなど、症状によっては今後の生活面に影響を及ぼすことがあります。
症状固定後には、症状により後遺障害の等級認定に関する申請手続きを行うことができ、認定されると損害賠償に関する内容も大きく変わります。
この他にも、保険会社から支払われていた治療費も終了になるなど、「症状固定」は大きな節目となりますので、今後の示談交渉や後遺障害認定においても重要な側面があります。
ここでは、「症状固定」が保険会社との示談交渉をはじめ、後遺障害認定においてどのような意味をもつのか、その重要性について解説します。
- この記事の内容
なぜ「症状固定」は損害賠償の面で重要な意味をもつのか?
損害賠償において症状固定が重要な意味を持つのは、症状固定の前と後とで、請求できる損害の性質が変わり、症状固定の時期によって各損害の金額が変動するためです。また、損害の性質が変わることに伴い、症状固定前後で時効のスタート時点にも違いが生じます。ここでは、症状固定の前と後それぞれで請求できる損害や、その時効期間についてご説明します。
症状固定に至る前の損害
事故発生から症状固定に至るまでの間に請求できる損害には、以下のようなものがあります。
- 治療費
- 通院交通費
- 文書料などの雑費
- 休業損害
- 入通院(傷害)慰謝料
治療費が請求できるのは症状固定前まで
症状固定とは、もはや治療の効果がない状態です。そのため、治療費が請求できるのは、事故発生から症状固定の日までの治療についてのみです。症状固定後に痛みの緩和のために自費で通院を続けることに問題はありませんが、その治療費を相手方に支払ってもらうことはできません。
裁判例の中には、症状固定後の治療費支出を損害として認めたものも存在します。しかし、損害として認めてもらうためのハードルは高く、通常は認定してもらうことは困難です。
休業損害が請求できるのは症状固定前まで
休業損害が請求できるのも、最長でも症状固定の日までです。
ケガの影響で働けない状態が症状固定後も続く場合には、休業損害ではなく、後遺障害の逸失利益として請求することになります。
入通院慰謝料は症状固定までの期間によって金額が変わる
入通院慰謝料は、事故日から治療終了日までの期間に基づいて算定されます。治療終了日は、ケガが治癒するか、症状固定に達した時点を指します。
治療期間が長くなるのに応じて慰謝料金額も増えていきます。
症状固定に至った後の損害
症状固定に至った後に請求する損害は以下のとおりです。
- 逸失利益
- 後遺障害慰謝料
症状固定後の労働能力の低下は逸失利益として評価する
ケガの状態によっては、症状固定となった後も仕事ができる状態ではなく、休業が続く方や退職せざるを得なくなる方もいらっしゃいます。また、仕事に復帰しても、事故前と同じようには働くことができない場合もあります。
このような後遺障害による労働能力の喪失による損害を「逸失利益」といいます。
逸失利益は、「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に相当するライプニッツ係数」で算出します。
このうち、労働能力喪失率は、自賠責保険での後遺障害等級に準拠して決定します。裁判所も、被害者の職業、年齢、後遺障害の部位や程度を考慮しつつ、後遺障害等級に応じて労働能力喪失率を認定するのが通常です。
例えば、後遺障害等級第14級9号のむちうち症状であれば、労働能力喪失率は5%です。この場合、症状固定後も痛みが辛くて仕事に行けず100%の休業が続いていたとしても、認定される喪失率は原則5%となります。
症状固定後の精神的苦痛は後遺障害慰謝料として評価する
後遺障害による精神的苦痛は、後遺障害慰謝料として評価します。後遺障害慰謝料も、基本的に後遺障害等級により金額が決定されますが、慰謝料を増減させるべき特別な事情があれば考慮されます。等級ごとの基本となる慰謝料金額は以下の表のとおりです。
入通院慰謝料と異なり、症状固定後の入通院の回数や期間は、基本的に考慮されません。
第1級 | 2800万 |
---|---|
第2級 | 2370万 |
第3級 | 1990万 |
第4級 | 1670万 |
第5級 | 1400万 |
第6級 | 1180万 |
第7級 | 1000万 |
第8級 | 830万 |
第9級 | 690万 |
第10級 | 550万 |
第11級 | 420万 |
第12級 | 290万 |
第13級 | 180万 |
第14級 | 110万 |
後遺障害についての損害賠償を受けるためには、後遺障害等級の認定が重要
後遺障害に見合った金額の賠償を受けるためには、適正な後遺障害等級の認定が重要です。後遺障害慰謝料と逸失利益を合わせると、等級が1つ重くなるごとに100万円単位の賠償額の変動が生じることになり、等級が最終的な賠償額に大きな影響を与えます。
特に、痛み・痺れといった神経症状の場合、検査数値や外観では症状の程度がわからないため、症状固定をいつにするかは重要な問題になります。症状固定が早すぎる、つまり、治療期間が短すぎる場合、かなりの痛みが残っていても、後遺障害の認定を受けることが難しくなってしまいます。
いったん症状固定とすると判断を動かすことは困難
ここまでご説明したとおり、症状固定の前と後とでは、請求できる損害項目が分けられており、治療中の損害について適正な賠償を受ける、後遺障害について適切な等級認定を受けて賠償を受けるためにも、症状固定をいつにするかは重要です。
いったん症状固定の判断が下されると、主治医の判断時期より本来の症状固定時期は遅かったはずだという主張を認めてもらうことは、非常に難しくなります。症状固定の判断を出してもらう際には、本当に治療は終了としてよいのかを主治医とよく協議しましょう。
時効に注意する
重傷を負われた場合、治療に何年もかかることがあります。焦らずに必要な治療を受けていただくことが最も重要ですが、このような場合、損害賠償請求権の時効に注意する必要があります。
加害者が誰かわかっている通常の事故の場合、人身損害のうち、後遺障害を除く部分については事故日から5年、後遺障害による損害については症状固定日から5年で時効にかかります。
注意が必要なのは、自賠責保険に被害者請求を行う場合で、後遺障害以外の部分は事故日から3年、後遺障害部分は症状固定日から3年で時効にかかります。
また、物損(車両、着衣、携行品などの損害。ペットが亡くなった場合を含む。)も、事故日から3年で時効にかかります。
時効が近い場合、時効中断の措置を講じておく必要がありますので、弁護士にご相談ください。
症状固定は主治医の判断で決定される
症状固定を最終的に判断するのは、治療に当たっている主治医です。主治医は、被害者の症状の訴えを考慮して症状固定を判断します。ここでは、症状固定の判断を受けるうえでの注意点をご説明します。
自己判断で通院を中断・中止しない
後遺障害として症状が残りそうな場合には、医師に相談し、症状固定の判断が出てから通院を終了しましょう。自己判断で通院を中止してしまうと、後遺障害が認定されるために必要な通院期間が足りないといった、思わぬ不利益を被ることがあります。
また、いったん通院を中断した後で、症状が再燃して通院を再開した場合、中断時点が症状固定とされ、再開後の治療費請求が行えない可能性が高くなります。
さらに、医師の指示を守って適切な治療を受けなかったことによって、回復が遅れたり、後遺障害が重く残ったりした場合、被害者にも過失があるとして、損害の一部が否定・減額されることもありえます。現在の主治医の治療方針に納得できない場合には、自己判断で通院をやめるのではなく、紹介状をもらって転院したり、セカンドオピニオンの取得をするようにしましょう。
保険会社からの治療費打ち切りは症状固定ではない
治療を続けていると、相手方保険会社が、「もう症状固定に達している時期であるはずだ」と主張して、治療費の支払いを打ち切ってくることがあります。
症状固定を判断するのはあくまでも主治医であり、保険会社ではありません。治療費打ち切りがなされたことを主治医に相談し、まだ治療が必要という判断がなされるのであれば、自費での治療を継続しましょう。その際には、労災保険や健康保険を利用すると、自己負担を抑えることができます。
まだ改善しているなら主治医に相談する
症状固定の時期を最終的に決めるのは主治医ですが、特に神経症状(痛み・痺れなど)の場合、判断の材料となるのは被害者自身の訴えです。診察の際には、遠慮せずに症状を伝え、よく主治医とコミュニケーションをとっておきましょう。
主治医から症状固定の話が出た時点で、まだ治療による症状の改善が感じられている場合には、そのことをきちんと説明しましょう。被害者自身の説明を聞いて、主治医がまだ症状固定になっていないと判断してくれることがあります。
症状固定の目安となる時期について
ここでは、症状固定の目安となる時期についてご説明します。
なお、ここでお示しするのはあくまでも一般的な目安です。実際の治療期間は個々の症状によりかなり差がありますので、主治医とよくコミュニケーションをとって、適切な時期に症状固定の判断をもらうようにしましょう。
- むち打ち症状(頸椎捻挫、腰椎捻挫など)
6か月程度が目安です。
痛みが消えて治療が必要なくなった場合(治癒)は、より短い治療期間となります。一方、辛い症状が残り、後遺障害の申請を行う見込みの場合には、最低でも6か月以上は治療を行いましょう。治療期間が短すぎると、後遺障害等級の認定を受けるのが困難になります。
- 骨折
6か月~1年半程度が目安ですが、折れた骨の部位や折れ方により治療期間は変わります。骨折を原因とする後遺障害が残る場合、むちうち症状のように通院頻度や期間の不足により後遺障害が非該当となる懸念はそれほど強くありません。
骨折の場合、急性期の手術に加えて、リハビリを経ても可動域の回復が見られない場合などに再手術を行うことがあります。また、骨を固定するためにビスやプレートを挿入する手術を行い、骨癒合が得られてから抜釘手術を行うケースもあります。
このような場合、まだ手術が行われる可能性がある時点で症状固定としてしまうと、その後に行った手術費用の請求ができなくなる可能性があります。症状固定の話が出たら、今後手術を行う予定の有無などについて、主治医によく確認しておきましょう。
- 高次脳機能障害
症状や治療効果の見極めに時間を要し、治療には1年~数年の時間がかかるケースが多いです。焦らず治療を行うことが大切ですが、時効期間には注意しましょう。
- 外貌醜状
6か月程度が目安になります。縫合や皮膚移植を行っている場合、症状固定までに要する期間はより長くなります。外貌醜状は、傷跡の大きさや長さによって認定される等級が変わります。症状固定となったら、傷跡の大きさがわかるように写真を撮影しておきましょう。
また、外貌醜状についても、症状固定後に手術を行うと、治療費の請求ができなくなってしまうおそれがあります。手術を行う予定や希望があれば、主治医と協議しましょう。
症状固定日が確定した後の対応について
主治医が症状固定の判断をしたら、後遺障害の申請手続きに進みます。
後遺障害診断書を作成してもらい、保険会社から申請を行う「事前認定」か、被害者自身が申請を行う「被害者請求」で、後遺障害の申請を行うことになります。
むちうち症状のみの場合、申請から2〜3か月、複数の障害があるなど、慎重な判断が必要なものでは申請から6か月程度で、後遺障害の等級に該当するか否かの結果が出ます。
認定された結果に不服がある場合、「異議申立」を行い、再度の審査をしてもらいます。
後遺障害の結果が確定したら、認定された後遺障害等級を前提に、示談交渉を行い、最終的な損害額を決定していくことになります。
保険会社との示談交渉や後遺障害の申請に不安があれば一度弁護士に相談する
交通事故被害におけるケガの治療では、「症状固定」が示談交渉や後遺障害の認定に際し、大きな節目になるとお伝えしましたが、後遺障害が認定されれば賠償金額も大きく変わるため、示談提案の内容には注意が必要です。
後遺障害の申請や保険会社との示談交渉に不安があるときは、適正な賠償金を受け取る上でも早めに弁護士に相談し、対応について検討されることをおすすめします。
交通事故被害による示談交渉は弁護士にご相談ください
この記事の監修
交通事故の被害者の方は、ただでさえケガの痛みで苦しい思いをされているなかで、初めての諸手続きの大変さや先の見通しの不安を抱えて生活されています。弁護士は医者と違い、ケガの痛みを癒すことはできませんが、不安を取り除くともに、適正な賠償を受ける手助けをできれば幸いです。
弁護士三浦 知草
-
上野法律事務所
- 東京弁護士会
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