交通事故被害の基礎知識

交通事故における高次脳機能障害

交通事故における高次脳機能障害

高次脳機能障害とは、交通事故や病気で脳に損傷を受け、その影響で記憶力が落ちたり、計画の段取りができなくなったり、感情のコントロールができなくなるなど、脳の損傷によって認知障害や行動障害、人格変化を起こしてしまう障害の総称です。

交通事故により脳に損傷を受けた被害者が、ケガの治療後、外見上は回復しているにも関わらず、事故前と比べて人格や性格に変化があったり、記憶保持等に問題が生じ、就労が困難になるなど、日常生活で問題を抱えることがあります。

このように、高次脳機能障害は切り傷などと違い、目に見える傷病ではないため、他の方には病状がわかりにくく、ご本人も自分が高次脳機能障害であることの認識ができずに受け入れられないことがあります。このように「隠れた後遺障害」であることが後遺障害認定を難しくしている側面があります。

ここでは、高次脳機能障害に関する内容や後遺障害の認定について解説します。

この記事の内容

脳の構造の概略

ここでは、頭部・脳の構造について、簡単にご説明します。

頭部は、固い頭蓋骨の中に脳が収納されており、頭蓋骨の内側には、脳を包んでいる3層の「髄膜」があり、外側から順に「硬膜」「くも膜」「軟膜」といいます。髄膜の内側は、「髄液(脳脊髄液)」という液体に満たされています。髄液は、脳の新陳代謝に関わるほか、軟らかい脳を衝撃から保護する役割を果たします。

脳は、大脳・間脳・小脳・脳幹で構成されており、大脳はさらに前頭葉・頭頂葉・側頭葉・後頭葉に分けられます。

脳の機能は、「局在」している、つまり部分ごとに各機能を分担して支配しているため、脳のどの部分を損傷するかによって、異なる症状が現れることになります。

高次脳機能障害と関わる大脳についてもう少し見ていきます。

前頭葉 前頭葉(前頭連合野)は、計画、決定、合理的な目的行動に関わる「意志」「創造」「思考」「感情」といった機能を司ります。この部分の損傷は、高次脳機能障害に繋がります。
頭頂葉 頭頂葉(頭頂連合野)は、立体感覚を組み立てたり、身体からの知覚情報を受け取る部位です。「理解」「認識」「知覚」といった機能を司ります。この部分の損傷は、高次脳機能障害に繋がります。
側頭葉 側頭葉(側頭連合野)は、「聴覚」「言語」の機能や、「判断」「記憶」などの働きをします。この部分の損傷は、高次脳機能障害に繋がります。
後頭葉 視覚に関する機能を持ちます。
間脳(視床下部) 体温や性行動、食欲や快・不快情報に関わります。
小脳 身体の平衡保持や運動の調節を行います。
脳幹 呼吸・血圧などの中枢です。

高次脳機能障害とは

脳の器質性障害(脳の病変・異常が原因となり障害が生じているもの)には、「高次脳機能障害」と「身体性機能障害」があります。

身体性機能障害は、脳の異常を原因としてマヒが生じ、身体を動かせなくなるものを指します。他人から見ても、障害があることが比較的わかりやすい症状です。

対して、高次脳機能障害は、日常生活・社会生活を送る上で必要な「意思疎通能力」「問題解決能力」「作業負荷に対する持続力・持久力」「社会行動能力」の4つの能力(単に「4能力」ともいいます。)の一部または全部を喪失する障害です。一見して障害があることはわかりにくく、被害者ご本人も症状の自覚がない場合があります。

4能力の具体的な内容は次のようになります。

意思疎通能力

記銘・記憶力、認知力、言語力等の能力です。他人とのコミュニケーションを適切に行えるかどうか等から判定されます。

問題解決能力

理解力、判断力、集中力(注意の選択等)等です。作業課題に対する指示や要求水準を正確に理解し適切な判断を行い、円滑に業務を遂行できるかについて判定されます。

作業負荷に対する持続力・持久力

一般的な就労時間に対処できる能力です。精神面における意欲・気分、注意の集中の持続力・持久力について判断し、意欲や気分の低下による疲労感・倦怠感を含めて判断します。

社会行動能力

協調性等の能力です。他人との円滑な共同作業、社会的行動ができるかどうか等を判定します。主に協調性があるかや、感情や欲求のコントロール低下による場違いな行動(大した理由もないのに突然激怒する等)といった、社会的に不適切な行動がないかという観点から判断します。

高次脳機能障害の具体的な症状について

交通事故被害で高次脳機能障害を負ってしまった場合、どのような症状が現れるのでしょうか。主な症状として、「記憶障害」「注意障害」「遂行機能障害」「社会的行動障害」「失行症」「失認症」「言語障害」が挙げられますが、ここではそれぞれの具体的な症状について解説します。

記憶障害

記憶障害は、障害される記憶により、大きく「前向健忘」と「逆向健忘」に区分されます。

前向健忘

事故に遭った後の情報を覚えることができなくなる記憶障害です。

逆向健忘

事故前の記憶が喪失する記憶障害で、特にエピソードや体験の記憶が阻害されます。

障害の程度により、前向健忘・後向健忘の一方あるいは両方が生じます。

その他、今がいつ・どこで・どういう状況かがわからなくなる「失見当識」や、記憶の欠損を埋めるようなエピソードを会話内で作り出す「作話」などの症状があります。

注意障害

注意障害には、「全般性注意障害」と「半側空間無視」があります。

全般性注意障害

1つの事柄に意識を向けることが難しく、他に気が散りやすくなる症状です。

半側空間無視

脳損傷の反対側の空間において刺激を見落とすことをはじめとした「半側無視行動」が起こる症状です。

例えば、脳の右側に損傷がある場合、左側の空間を認識することが難しくなり、左側に置いてある物に気付かずにぶつかりやすくなったり、皿の左側にあるおかずに気づかずに食べ残したりするといったことが起こります。また、本人には半側を無視していることの自覚はできないことがほとんどです。

視覚に問題がある「半盲症」とは別物です。

遂行機能障害

「目的に適った行動計画の障害」と「目的に適った行動実行の障害」を合わせて遂行機能障害といいます。

目的に適った行動計画の障害

段取りができなくなる障害です。ゴールを設定する前に行動し始めてしまい、結果が成り行き任せの状態になります。明確なゴール設定ができないために、行動を始めることが困難になり、動機づけの欠如につながることもあります。他者から段階的な指示を受ければ実行することが可能な状態です。

目的に適った行動実行の障害

自分の行動をモニターして行動を制御することができなくなる障害です。注意を持続させて自分と環境とを客観的に眺めることができなくなり、選択肢を分析せずに即時的に行動し、失敗しても同じような選択を繰り返してしまいます。

社会的行動障害

「意欲・発動性の低下」「情動コントロールの障害」「対人関係の障害」「依存的行動」「固執」などがあります。

意欲・発動性の低下

自発的な活動が乏しく、一日中ベッドから離れないなどの無為な生活を送る状態です。身体的な問題で起き上がれないようなものは除きます。

情動コントロールの障害

些細な事柄でも過剰な感情的反応や攻撃的行動にエスカレートし、本人も行動をコントロールすることができないものです。突然興奮して大声で怒鳴り散らしたり、暴力を振るうといった行動が見られます。また、自己の障害を認めずリハビリを頑固に拒否するケースもあります。

対人関係の障害

社会スキルが低下し、急な話題転換、相手との距離感が測れない、相手の発言の復唱、文字面に従った思考、抽象的なことがらの認知が困難、さまざまな話題を生み出すことの困難など、コミュニケーションの困難が現れます。

依存的行動

身の回りのことを何でも人に頼るなどの行動が見られます。人格機能が低下し、退行(子どものようになり年相応の言動ができない状態)の結果として起こるものです。

固執

決められた手順や習慣どおりであればうまく行動できるものの、臨機応変に行動を転換することができず、これまでやってきた行動が保続してしまう状態です。

失行症

マヒなどの身体障害がないにも関わらず、運動の行為ができなくなる症状です。

歩く・手指を曲げ伸ばしするといった熟練しているはずの動作ができなくなる「肢節運動失行」、例えば、歯ブラシが歯を磨く道具であることは認識できるのに、歯磨き粉を付けて口に入れるといった一連の動作ができなくなるような「観念失行」、マッチ棒で三角を作ったりすることができなくなる「構成失行」といったものがあります。

失認症

視覚、聴覚などの感覚には問題がないのに、その物や人が何(誰)なのか認識できなくなる症状です。

見えているのに目の前のものが何かわからない「視覚失認」、家族などよく知っている人の顔を見ても誰か識別できない「相貌失認」などがあります。

言語障害(失語症)

話す、言葉を理解する、聞く、読むといった行動に支障が生じる症状です。

相手の言うことは理解できるが、自分が思っていることを話せなくなる「運動性失語」、運動性失語とは逆に、話せるが相手の言うことが理解できなくなる「感覚性失語」などがあります。

高次脳機能障害の原因となるケガの内容について

高次脳機能障害の原因となる典型的なケガの内容をご説明します。原因となる傷病名はここで説明するものに限られませんが、後遺障害等級認定を受けるためには、頭部外傷を示す傷病名が診断されていることが必要です。

脳挫傷

外傷によって、脳組織が局所的に挫滅する症状です。「挫滅」とは、衝撃で組織が潰れてしまう損傷です。

衝撃を受けた部位の組織が潰れる「直撃損傷」の他、衝撃を受けた場所の反対側に生じる「対側損傷」があり、後頭部を打撲した場合に、前頭葉の組織も挫滅するといったことが起こります。

びまん性軸索損傷(DAI=diffuse axonal injury)

脳の軸索(脳の神経細胞の線維)が、広範囲にわたって損傷し、機能を失うものです。

MRI検査をすると、小さな出血が脳の広範囲に点々と散らばっていることが確認できる場合があります。

脳挫傷や急性硬膜下血腫などの局所的な脳の損傷では、損傷部分が司っていた機能のみが喪失し、他の部分が司る機能は保たれます。一方、びまん性軸索損傷の場合、脳の広範囲の機能が失われます。そのため、被害者は受傷直後から意識を失います。また、多数の機能にまたがって深刻な高次脳機能障害が生じることになります。

びまん性脳損傷

脳が揺さぶられることにより、脳が広く損傷する症状です。びまん性脳損傷の比較的軽傷で一時的なものが「脳震盪」です。びまん性軸索損傷もびまん性脳損傷に含まれるので、こちらの傷病名がつくこともあります。

外傷性脳室内出血

脳の中心部の空洞である「脳室」に出血が生じるものです。脳室は、いくつかの部分に分かれていて、相互に狭い通路や孔で繋がっています。また、脳室は髄液で満ちており、髄液は脳室同士を繋ぐ孔や通路を通って流れていきます。脳室に出血が起こり、髄液の流れが滞ってしまうと、上流側の脳室は髄液が溜まって拡大し、周囲の脳が圧迫される「水頭症」を引き起こします。

急激に脳室が拡大すると「急性水頭症」が発生します。この傷病では、頭蓋骨の内圧が急速に高まるため、激しい頭痛・嘔吐・意識障害などが起こります。脳の圧迫が重い「脳ヘルニア」(脳が硬膜などでできた仕切りに収まりきらなくなり、開口部からはみ出してしまう状態)にまで至ると、最終的には死に至ります。

また、徐々に髄液の流れが悪くなると「正常圧水頭症」が起こります。

交通事故では、脳挫傷によって脳室を仕切る壁が損傷し、損傷した個所からの出血が脳室内に溜まることにより、脳室内出血が生じることがあります。

急性硬膜下血腫

脳と脳を包む硬膜との間(つまり硬膜の下)に出血がたまり、血腫(血液が溜まってコブのように腫れ上がったもの)ができる症状です。事故で脳挫傷が生じ、挫傷した場所からの出血が、脳と硬膜の間に流れ込むと、急性硬膜下血腫が発生します。また、脳挫傷の生じた場所の反対側に血腫が生じる場合もあります(対側損傷)。

血腫が大きくて脳が圧迫されると、激しい頭痛・嘔吐・意識障害などが生じ、脳ヘルニアが起こると最終的には死に至ります。

急性硬膜外血腫

頭蓋骨と硬膜の間(つまり硬膜の外)に出血がたまり、血腫ができる症状です。頭蓋骨を骨折した際に、硬膜の表面にある動脈が損傷すること等により発生します。

傷病名が急性硬膜外血腫のみで重い意識障害がない場合には、脳そのものの損傷は大きくないので、高次脳機能障害を残すことは少ないといえます。一方、脳損傷が大きかったり、血種の拡大で脳の圧迫が強くなっていくと、高次脳機能障害を残すことがあります。

外傷性クモ膜下出血

外傷を原因として、脳を包んでいるクモ膜と脳との間に出血が広がったものです。症状としては、頭部打撲自体による痛みのほかに強い頭痛が生じ、吐き気や軽度の意識障害(ぼんやりする)を伴う場合もあります。

外傷性クモ膜下出血のみが発生した場合、出血が自然に吸収されるのを待ちます。

外傷性クモ膜下出血の予後は、脳挫傷、びまん性軸索損傷、硬膜下血腫などの合併の有無や、合併した症状の重さの程度によって異なります。

低酸素脳症

呼吸障害や血液循環の滞りにより、脳に必要な酸素が供給されなくなることにより生じます。5分以上酸素供給が滞る状態が続くと、脳は徐々に不可逆的なダメージを受けて、意識障害や昏睡状態が生じ、そのまま低酸素状態が解消されなければ死に至ります。脳の中で最初にダメージを受けるのが、知覚・記憶・思考などを司る「大脳皮質」であるため、低酸素脳症は高次脳機能障害の原因となります。

高次脳機能障害におけるリハビリ治療について

高次脳機能障害の場合、急性期の治療を終えた後は、リハビリ治療が中心となります。

事故で損傷した部分の脳機能そのものは回復しないことが多いですが、残っている部分を適切に働かせるリハビリを行うことで、生活を送る上の支障を軽減していくことができます。

リハビリでは、まず、4能力のどの部分に障害が生じており、どのような支障が生じているかを特定・分析するテストをします。その結果を踏まえて、到達目標(復職・復学、一人で買い物ができる、お金の管理ができる等)を定め、訓練を行います。

リハビリの内容は、生じている症状特性に応じて様々です。

例えば、記憶障害(前向健忘)の場合であれば、簡単な記号や数字を覚える記憶訓練を繰り返したり、必要なことを手帳やスマホなど決まったツールにメモする習慣をつけられるように訓練するといったリハビリがあります。

また、被害者ご本人は、自身の症状を正しく認識できていないことも多く、認識の欠如がリハビリ効果を妨げるケースでは、病識認識のためのグループ療法や心理教育を行うことがあります。

いわゆるリハビリとしてイメージされる「医学的リハビリテーション」から、徐々に地域社会や職場に戻るための生活訓練プログラム・職能訓練プログラムといったものに移行していきます。

高次脳機能障害の後遺障害等級認定基準について

ここでは、高次脳機能障害が自賠責保険の後遺障害として等級認定されるための基準についてご説明します。

前提となる3つの要件について

高次脳機能障害の後遺障害等級認定を受けるためには、「頭部外傷後の意識障害の存在」「頭部外傷を示す傷病名の診断」「診断された傷病名が画像で確認できること」の3つの要件を満たすことが前提となります。各要件を詳しく説明します。

頭部外傷後の意識障害の存在

頭部外傷後に意識障害、もしくは、健忘症あるいは軽度意識障害が存在することが必要です。

「意識障害」は、半昏睡から昏睡で、開眼・応答しない状態であり、JCSが3~2桁、GCSが12点以下の状態が少なくとも6時間以上続いていることが確認できる症例をいいます。

「健忘あるいは軽度意識障害」の場合、JCSが1桁、GCSが13~14点の状態が、少なくとも1週間以上続いていることが確認できる症例をいいます。

JCS

Ⅰ覚醒している 0意識清明
1(Ⅰ-1)見当識は保たれているが意識清明ではない
2(Ⅰ-2)見当識障害がある
3(Ⅰ-3)自分の名前・生年月日が言えない
Ⅱ刺激に応じて一時的に覚醒する 10(Ⅱ-1)普通の呼びかけで開眼
20(Ⅱ-2)大声で呼びかける、強く揺するなどで開眼
30(Ⅱ-3)痛刺激を加えつつ、呼びかけを加えると辛うじて開眼
Ⅲ刺激しても覚醒しない 100(Ⅲ-1)痛みに対し払いのけるなどの動作をする
200(Ⅲ-2)痛刺激で手足を動かす、顔をしかめたりする
300(Ⅲ-3)痛刺激に対して全く反応しない
  • ※桁数が大きいほど重症。

JSC(乳幼児の場合)

 

Ⅰ刺激しないでも覚醒している 1あやすと笑う。ただし不十分で声を出して笑わない
2あやしても笑わないが視線は合う
3母親と視線が合わない
Ⅱ刺激すると覚醒する 10飲み物を見せると飲もうとする。あるいは乳首を見せればほしがって吸う
20呼びかけると開眼して目を向ける
30呼びかけを繰り返すと辛うじて開眼する
Ⅲ刺激しても覚醒しない 100痛刺激に対し、払いのけるような動作をする
200痛刺激で少し手足を動かす、顔をしかめたりする
300痛刺激に対して全く反応しない

GCS

開眼機能E
(Eye opening)
4自発的に、または普通の呼びかけで開眼
3強く呼びかけると開眼
2痛刺激で開眼
1痛刺激でも開眼しない
言語機能V
(Verbal response)
5見当識が保たれている
4会話は成立するが見当識は混乱
3発語が見られるが会話は成立しない
2意味のない発声
1発語みられず
運動機能M
(Motor response)
6命令に従って四肢を動かす
5痛刺激に対して手で払いのける
4指への痛刺激に対して四肢を引っ込める
3痛刺激に対して緩徐な屈曲運動
2痛刺激に対して緩徐な伸展運動
1運動みられず
  • E+V+M=合計〇点と表現する。正常15点~深昏睡3点で、点数が低いほど重症。

PTA(外傷性健忘について)

 

重症度 PTA(外傷性健忘)の持続
わずかな脳震盪 0〜15分
軽度の脳震盪 0.5〜1時間
中程度の脳震盪 1〜24時間
重度の脳震盪 1〜7日間
非常に重度な脳震盪 7日間以上

意識障害の要件は、3つの要件の中でも特に重要です。

頭部外傷を示す傷病名の診断

高次脳機能障害の認定を受けるためには、頭部外傷を示す一定の傷病名が診断されていることが必要です。

脳挫傷、びまん性軸索損傷、びまん性脳損傷、急性硬膜下血腫、急性硬膜外血腫、外傷性クモ膜下出血、外傷性脳室内出血、低酸素脳症などです。

診断された傷病名が画像で確認できること

レントゲン、CT、MRIなどの検査画像上、診断された頭部外傷を示す傷病名のとおりの症状が確認できることが必要です。

脳挫傷などの局所性の損傷であれば、MRIで脳萎縮、脳室拡大の進行が確認できること、びまん性軸索損傷など点在する損傷であれば、出血(症状固定時であれば陳旧性の出血痕)が確認できることが必要です。

もし、撮影された画像から診断された傷病が読み取れない場合には、再度の撮影をお願いする場合もあります。

神経心理学的検査による具体的な症状の証明について

3要件を満たす場合には、被害者に現れている具体的な症状について証明するため、必要な「神経心理学的検査」を実施します。

「神経心理学的検査」とは、言語・思考・認知・記憶・行為・注意などの高次脳機能障害を数値化し、定量的・客観的に評価するものです。

認知症の検査でも利用されている「長谷川式簡易知能評価スケール」をはじめ、4能力(「意思疎通能力」「問題解決能力」「作業負荷に対する持続力・持久力」「社会行動能力」)を調べるための様々な検査があります。

神経心理学的検査は、全てを受ける必要があるわけではなく、高次脳機能障害によるものと思われる具体的な症状・日常の支障を、家族など本人をよく知る人から聴取し、その結果を踏まえ、医師が実施するテストを決定します。

後遺障害申請に必要な書類について

ここでは、実際に後遺障害の申請を行う場合に必要な書類などについて説明します。

後遺障害診断書

傷病名、医師の所見、症状固定日などを記載する診断書です。後遺障害等級認定の判断を行うための基本の書類になります。高次脳機能障害の治療にあたっている主治医に作成を依頼します。

検査画像

脳を撮影したレントゲン、CT、MRIなどの画像データです。

頭部外傷後の意識障害についての所見

初診時の意識障害の有無や程度を記載する書類です。JSCやGCSの意識障害の数値や、意識障害が継続した期間などを、救急病院などの初診を行った医師に記載してもらいます。

意識障害の存在は、適正な後遺障害等級認定を受けるうえで欠かすことができない要件であるため、非常に重要な書類です。

神経系統の障害に関する医学的意見

神経心理学的検査の結果と、症状が社会生活・日常生活に与える影響を記載する書類です。主治医に作成を依頼します。

日常生活状況報告書

被害者の家族が作成する報告書です。日常生活において、どのような支障があるか、問題行動が出ていないかなどを、4段階での評価と文章で記載します。

「神経系統の障害に関する医学的意見」の作成を依頼する際に、この日常生活状況報告書があると、主治医が医学的意見を作成する際の参考になります。

高次脳機能障害の等級について

高次脳機能障害の障害等級は、以下のように区分されます。

認定にあたっては、4能力それぞれの喪失の程度を判断し、複数の能力の障害がある場合には、原則として最も重いものに着目して評価します。

また、身体性機能障害が同時に存在する場合には、高次脳機能障害と身体性機能障害を合わせて考えたときに、どの程度の労働能力喪失が生じているかを判断します。

高次脳機能障害の後遺障害等級

等級 神経系統又は精神の障害の程度とその内容 労働能力喪失率
第1級1号 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
(a)重篤な高次脳機能障害のため、食事・入浴・用便・更衣等に常時介護を要するもの
(b)高次脳機能障害による高度の認知症や情意の荒廃があるため、常時監視を要するもの
100/100
第2級1号 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
(a)重篤な高次脳機能障害のため、食事・入浴・用便・更衣等に随時介護を要するもの
(b)高次脳機能障害による認知症、情意の障害、幻覚、妄想、頻回の発作性意識障害等のため随時人による監視を必要とするもの
(c)重篤な高次脳機能障害のため自宅内の日常生活動作は一応できるが、1人で外出することなどが困難であり、外出の際には他人の介護を必要とするため、随時他人の介護を必要とするもの
100/100
第3級3号 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
(a)4能力のいずれか1つ以上の能力が全部失われているもの
(b)4能力のいずれか2つ以上の能力の大部分が失われているもの
100/100
第5級2号 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
(a)4能力のいずれか1つの能力の大部分が失われているもの
(b)4能力のいずれか2つ以上の能力の半分程度が失われているもの
79/100
第7級4号 神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの
(a)4能力のいずれか1つの能力の半分程度が失われているもの
(b)4能力のいずれか2つ以上の能力の相当程度が失われているもの
56/100
第9級10号 神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
4能力のいずれか1つの能力の相当程度が失われているもの
35/100
第12級13号 通常の労務に服することはできるが、多少の障害を残すもの
4能力のいずれか1つの能力の多少程度が失われているもの
14/100
第14級9号 通常の労務に服することはできるが、軽微な障害を残すもの
MRI、CT等による他覚的所見は認められないものの、脳損傷のあることが医学的に見て合理的に推測でき、わずかな能力喪失が認められるもの
5/100

医療・福祉サービスを受ける際の高次脳機能障害の診断基準について

高次脳機能障害になると、労働能力を喪失する以外にも、生活を送る上で様々な支障が生じます。

厚生労働省は、高次脳機能障害者に対する医療・福祉サービスを行う際に必要な支援方法を確立するため、「高次脳機能障害診断基準」を作成しており、この基準は、「医学的リハビリテーション」に対する診療報酬や障害者手帳の取得、障害福祉サービスの申請などに利用されています。

この基準は、医療・福祉などのサービスの利用を主眼とした基準であり、自賠責保険の認定に用いられる基準とはまた別の基準です。

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高次脳機能障害の診断基準は以下のとおりです。

Ⅰ.主要症状等 1.脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている。
2.現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である。
Ⅱ.検査所見 MRI、CT、脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか、あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる。
Ⅲ.除外項目 1.脳の器質的病変に基づく認知障害のうち、身体障害として認定可能である症状を有するが上記主要症状(I-2)を欠く者は除外する。
2.診断にあたり、受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する。
3.先天性疾患、周産期における脳損傷、発達障害、進行性疾患を原因とする者は除外する。
Ⅳ.診断 1.Ⅰ〜Ⅲをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する。
2.高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う。
3.神経心理学的検査の所見を参考にすることができる。

高次脳機能障害の後遺障害等級認定に向けた留意点について

ここでは、高次脳機能障害で後遺障害等級認定を受ける際の留意点についてご説明します。

家族など周りの気付きが重要である

高次脳機能障害は、「隠れた障害」とも言われます。身体に障害がでる場合とは異なり、外見からは高次脳機能障害の存在はわかりません。かつ、被害者ご本人が、ご自身の変化を自覚していないケースも多々あります。近くで様子を見ている家族などの周りの方が、何かおかしいと気づき、高次脳機能障害を疑うことが重要です。

また、治療をしてくれる医師などは、被害者の事故以前の様子を知らないため、どこまでが被害者本来の個性・気質で、どこからが障害なのかわからない場合もあります。

例えば、もともと熟考しながらゆっくり話すタイプの方であれば、言葉を探しながらしゃべることも個性です。他方、事故前は早口でよどみなく話すタイプの方だったのに、事故後言葉に詰まりながら話すようになったというのであれば、高次脳機能障害の一端という可能性があります。

事故のビフォー・アフターの両方を知るご家族が、本人の変化に気づいて受診につなげるとともに、障害によって生じた変化・生活への支障を、医師に十分に共有することが大切です。

意識障害の医師所見に注意する

高次脳機能障害の認定では、事故当初の意識障害が非常に重要です。意識障害(半昏睡~昏睡)が6時間以上継続している場合には、実態と所見との齟齬はあまり生じません。

一方で、健忘症あるいは軽度意識障害の場合、医師が作成する所見に、実態に反して1週間以上の意識障害の記載がない場合があります。これは、治療を行う上では、健忘や軽度意識障害が1週間以上か否かは重要視されないためですが、後遺障害等級認定の場面では非常に重要なポイントです。

1週間未満の意識障害との医師所見のまま後遺障害の申請を行ってしまうと、適正な後遺障害等級認定がなされなくなることに繋がります。医師に作成してもらった所見の内容に不安がある場合には、提出前に弁護士に相談してみましょう。

画像所見に注意する

適正な等級認定を受けるためには、高次脳機能障害の原因となった傷病名が、画像上確認できることが重要です。

大きな挫傷や血種であれば、画像の撮影方法を問わず確認できます。一方で、びまん性軸索損傷などの小さな損傷が点々と生じるタイプの傷病の場合、CTなどには映らない場合があります。

画像所見がない場合、症状に見合った後遺障害等級を得ることは難しくなります。画像上の異常が一見してない場合、申請前に画像を再度撮影したり、専門医に画像を見てもらい意見書を書いてもらうといった対応が必要になることもあります。

後遺障害等級認定以外の注意点について

次に、高次脳機能障害が残った場合の、示談などの手続きにおいて留意すべき点を解説します。

障害の程度によっては成年後見制度の利用が必要になる

高次脳機能障害が重篤な場合、被害者ご本人は、損害賠償請求に関する判断や意思表示を行えない状態になり、回復の見込みも立たないといったこともあります。

このような場合には、ご本人に代わって損害賠償請求を行う「成年後見人」を選任する必要があります。

高次脳機能障害かどうかわからない段階で示談しない

高次脳機能障害に当たるかどうかがよくわからない場合、相手方保険会社から交付される示談書(免責証書)にはサインしないようにしましょう。認定された等級に疑問を感じる場合も同様です。

生活にかかるお金の不安から、早く示談して賠償金を確保してしまいたいというお気持ちになる方もいらっしゃいますが、賠償金内払い・被害者請求による自賠責保険金の受け取り・傷病手当金の利用・障害年金の利用など、生活費を確保する方法は示談以外にもあります。

物損示談は過失割合に注意する

高次脳機能障害の治療には時間がかかるため、保険会社から、物損(車両や着衣・持ち物の損害)の示談を先に行うことを提案されることが多いです。

物損示談を先に終わらせること自体は問題ありませんが、過失割合には十分注意しましょう。

1つの事故である以上、物損の示談で合意した過失割合は、基本的にそのまま人身損害にも適用されます。重い高次脳機能障害が認定された場合、1000万円単位の損害額が認定されることになります。過失が5%変わるだけで、数百万円の賠償金額の変動がありますから、慎重な対応が必要です。

過失割合に疑問がある場合には、物損示談前に弁護士に相談してみましょう。

時効に注意する

交通事故による損害賠償請求権は、人身傷害について事故から5年、物損について事故から3年で時効により消滅します。

高次脳機能障害は治療に時間がかかり、1年程度から、長いと2〜3年の治療を要することもあります。また、後遺障害の等級を決めるのにも慎重な判断を要するため、申請をしてから等級認定が降りるまでにもかなり時間がかかるケースが多いです。

そのため、まだ治療中あるいは後遺障害申請中の段階で、時効の期限が迫ってくることがあります。時効の更新や完成猶予の措置をとる必要がありますので、時効が近い場合にはなるべく早めに弁護士に相談してみましょう。

高次脳機能障害の支援制度など

高次脳機能障害が残った場合、失った能力についてしっかりと賠償を受けるとともに、残存する能力を用いて、できるだけ支障なく社会生活を送ることも重要です。

ここでは、高次脳機能障害が残った場合に使える福祉や行政の制度について、簡単にご紹介します。

リハビリテーションについて

高次脳機能障害のリハビリには、いわゆるリハビリとしてイメージしやすい「医学的リハビリテーション」の他に、生活訓練プログラム・職能訓練プログラムがあります。

時間経過とともに徐々に医学的リハビリテーションの比率を下げ、被害者が社会参加できるようにしていくことを目標にしたプログラムを実施します。

高次脳機能障害の方のリハビリテーションについては、国立障害者リハビリテーションセンターが情報提供を行っています。

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障害者手帳の取得について

高次脳機能障害の方は、「精神障害者保健福祉手帳」の対象となる場合があります。

なお、高次脳機能障害による失語症がある場合や、身体性機能障害がある場合には、身体障害者手帳の取得ができます。

障害者手帳を取得することで、税の控除・各種減免の対象となるほか、障害者雇用の対象となります。

詳細はお住まいの市区町村にお問い合わせください。

障害年金の申請について

高次脳機能障害のために生活や仕事に支障が生じている場合、現役世代の方でも障害年金を受け取ることができます。

初診日の時点で国民年金に加入している方は、障害基礎年金を、初診日時点で厚生年金に加入している方は、障害基礎年金に加えて障害厚生年金または障害手当金を受け取ることができます。

詳細は、お近くの年金事務所にお問い合わせください。

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これらの支援制度を使って、社会生活を少しでも不安なく送れるようにするとともに、じっくりと腰を据えて賠償請求を行うことに備えましょう。

この記事の監修

交通事故の被害者の方は、ただでさえケガの痛みで苦しい思いをされているなかで、初めての諸手続きの大変さや先の見通しの不安を抱えて生活されています。弁護士は医者と違い、ケガの痛みを癒すことはできませんが、不安を取り除くともに、適正な賠償を受ける手助けをできれば幸いです。

弁護士三浦 知草

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