交通事故でケガの治療における健康保険の使用について
calendar_today公開日:
event_repeat最終更新日:2023年06月26日
交通事故被害におけるケガの治療について
交通事故被害に遭い、事故でケガを負ったとき、治療のため通院した際に健康保険の使用を躊躇される方がおります。
これについては個々のお考えによるところもありますが、「治療費は加害者側が負担すべきなのに、被害者が健康保険を使えば損をしてしまうのでは?」という思いなど、漠然と経済的な負担をイメージされるのかもしれません。
結論からお伝えすると、交通事故におけるケガの治療で健康保険を使うことは可能で、厚生労働省からも、交通事故の治療は健康保険の対象になっていることが通達されています。
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厚生労働省:犯罪被害や自動車事故等による傷病の保険給付の取扱いについて
ここでは、交通事故のケガの治療で健康保険を利用する際に注意すべき点について解説します。
- ※健康保険とは、主に会社員が加入している社会保険、国民健康保険、公務員共済保険、船員保険を指します。
- この記事の内容
「第三者行為による傷病届」を健康保険組合に提出する
病院の窓口で交通事故によるケガであることを伝えると、「交通事故の場合には健康保険は利用できません。」と誤った案内をされることがあります。
しかし、「第三者行為による傷病届」という書類を、ご加入の健康保険組合に提出することで、問題なく健康保険を使うことができます。
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第三者行為による傷病届の書式は、ご加入の健康保険組合のホームページなどで取得することができます。
健康保険を使った場合、加害者が本来支払うべき治療費の一部を、健康保険組合が立て替えたことになります。第三者行為による傷病届を提出することで、加害者の行為によって生じたケガであることが健康保険組合に伝わり、後に健康保険組合が加害者(保険会社)に立替分治療費を請求することができます。この健康保険組合から加害者への請求を「求償」といいます。
ご自身の健康保険を利用すると、加害者が負担を免れて不公平だと考えられる方もいらっしゃいます。しかし、実際には求償がなされるため、加害者が治療費を支払わずに済むというわけではないのです。
健康保険を利用しない方がよいケースについて
ここでは、健康保険を利用しない方がよいケースについてご説明します。
労災保険適用の事故には利用できない
労災保険が適用される事故(業務中・通勤中の事故)の場合、本来健康保険を利用することができません。
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誤って健康保険を利用してしまった場合には、健康保険から労災保険への切り替え手続きが必要です。病院によっては、被害者がいったん治療費全額(保険診療の10割)を立替払いした上で、改めて労災保険に立替分の費用を請求しなければならないことがあります。
業務中・通勤中の事故でケガをした場合には、健康保険証を出す前に、勤務先に労災保険が使えないかを確認しましょう。
過失がない事故では健康保険を利用しない方がよいのか?
被害者に過失がある事故の場合、健康保険を利用することで、被害者の受け取る賠償金額が増えることがあります。
一方、被害者が無過失の事故の場合、健康保険を利用するか否かで、法的に賠償金額の差が生じるわけではありません。
しかし、治療費を抑えることで、保険会社が休業損害や慰謝料の支払いに回してもよいと考える金額が増え、事実上受け取れる金額が増えることがあります。特に、入院や手術が必要な重傷で、治療費が多額になることが見込まれる場合、保険会社の担当者から健康保険を利用してほしいと頼まれることがあります。過失がない場合でも応じるようにしましょう。
健康保険を利用することのメリットについて
では、健康保険を利用することにはどのようなメリットがあるでしょうか。具体的に解説します。
治療費を立て替えた際の負担が抑えられる
健康保険を利用する場合、年齢や所得に応じて、自己負担は1~3割です。
対して、健康保険を利用しない場合の治療費、すなわち自由診療は通常10割(保険診療)よりも高くなります。自由診療の場合、200%とされているケースが多いです。なお、保険会社が病院に直接治療費を支払う「一括払い対応」の場合、通常は自由診療です。
健康保険を利用すると、自己負担分のみの支払いでよいため、治療費を立て替えた場合の被害者の負担を抑えることができます。
立替の負担が大きな問題になるのは、加害者との間で、治療期間やケガの内容に争いがあるケースです。保険会社は、通常一括払い対応で治療費を支払ってくれますが、治療の途中で治療費支払いを一方的に打ち切ってくることがあります。また、整形外科の治療費は支払うものの、その他の診療科(事故後の耳鳴りを治療するための耳鼻科、事故後の不安や睡眠障害を治療するための心療内科など)は一括払い対応をしないといったケースも見受けられます。
このような場合、保険会社は任意に治療費を支払ってくれないため、被害者が長期間の立替を行うことが必要となります。立替分の治療費が任意に支払われない場合、治療が終了し損害が確定するのを待って、民事訴訟を行うといった方法をとらなければなりません。また、ケガの内容によっては、事故とケガとの因果関係が争われることもあり、裁判をしても確実に治療費を回収できるものばかりではありません。
したがって、健康保険を利用することで、長期の立替による経済的負担を減らすとともに、最終的に立替分を回収できないリスクに備えることが重要です。
過失相殺による治療費の自己負担を抑えられる
被害者に過失がある事故の場合、健康保険を利用することで、最終的に被害者の手元に入金される金額が大きくなることがあります。
次のサンプル事例を使って解説します。
ケガの内容:骨折
後遺障害:なし
治療期間:1年
治療費打ち切りはなく完治して終了。治療費は全額保険会社により支払済。
治療費:保険診療の場合月5万円(うち自己負担3割)
自由診療の場合月10万円(200%)
- ※事案簡略化のため、損害項目の一部を省略しています
- ※サンプル事例は、当事務所の弁護士が実際に対応・解決してきた事例をもとに構成しています。
サンプル事例において、自由診療で一括払い対応を受けた場合と、健康保険を使った場合の損害賠償額は以下のとおりです。
自由診療(200%)の場合 | 健康保険利用(30%)の場合 | |
---|---|---|
治療費(A) | 1,200,000円 (10万円×12か月) |
180,000円 (5万円×30%×12か月) |
慰謝料(B) | 1,540,000円 | 1,540,000円 |
損害額合計(A+B) | 2,740,000円 | 1,720,000円 |
過失相殺(A+Bの20%) | 548,000円 | 344,000円 |
既払金(A) | 1,200,000円 | 180,000円 |
損害賠償額 (実際に被害者に入金される金額) |
992,000円 | 1,196,000円 |
損害賠償では、「過失相殺」がなされます。すなわち、被害者が加害者(保険会社)に請求できるのは、総損害額から、被害者の過失分の損害(サンプル事例では損害合計額の20%分)を差し引いた分のみになります。
サンプル事例では、過失相殺の結果、まったく同じケガで同じ治療を受けても、最終的に手元に入金される金額には20万円以上の差が生じています。
この差額は、過失の大きさと治療費の額によって変動します。したがって、ご自身の過失割合が高い方、入院・手術などにより治療費が高額な方、健康保険の自己負担割合が低い方の場合には、健康保険を使うメリットはより大きくなります。
高額療養費制度を利用できる
健康保険を利用する場合、高額療養費制度を利用することができます。
高額療養費制度は、1か月の医療費が上限額を超えた場合に、その超えた額を払い戻してもらえる制度です。
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保険会社の一括払い対応が行われている治療に利用することは少ないですが、打ち切りや一部の治療内容の否認により、長期の立替が必要になる場合には、自己負担額を抑えるために非常に有益です。
社会保険の場合、傷病手当金を受け取ることができる
社会保険に加入している方がケガで仕事を休業した場合、健康保険から支払われる傷病手当金を受け取ることができます。
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傷病手当金は、ケガや病気で仕事を休んで給与がもらえない場合に、給与の3分の2の金額が支給されるものです。3日以上の休業がある場合に、4日目以降分から支給されます。
休業損害については、相手方保険会社が内払いしてくれることもあります。
しかし、そもそも内払いに応じてくれないことや、まだ復職できるほどケガが回復していないにもかかわらず、内払いが打ち切られてしまうことがあります。
このような場合に傷病手当金を活用することで、ご自身やご家族の生活を守ることにつながります。
任意保険未加入の場合に、自賠責保険を有効に使える
多くの車両は自賠責保険に加えて任意保険への加入がありますが、相手方が自賠責保険のみにしか加入していないことがあります。
自賠責保険から支払われる保険金には、ケガについては120万円の上限があります。これを超える金額は、通常任意保険会社が負担しています。しかし任意保険への加入がない場合、120万円を超える金額は、加害者本人(または車両の所有者本人)に請求しなければなりません。この場合、加害者本人に賠償できるだけのお金や支払う意思がないと、費用を回収できないというリスクがあります。
自賠責保険の120万円には、治療費の他、休業損害、通院交通費、入通院慰謝料などが含まれるため、損害額は簡単に上限額を超えてしまいます。少し重いケガで自由診療の治療を受けた場合、治療費だけで120万円を超えるケースもあります。
このような場合に健康保険を利用することで、治療費が圧縮され、休業損害や慰謝料として自賠責保険から受け取ることができる金額が増えることにつながります。
交通事故で健康保険を利用したケガの治療を行う際の注意点
これまで見てきたように、被害者にとって健康保険を利用するメリットは大きいといえます。
一方で、健康保険を利用する際には、次のような事柄に注意が必要です。
- 健康保険への切り替え後の治療が事故扱いになっていないことがある
相手方保険会社からの治療費打ち切りのタイミングで健康保険へ切り替えた場合には、事故による治療が継続している扱いになっているかを確認しましょう。
主治医から、治療費打ち切りの時点を「症状固定」、すなわち事故によるケガの改善がこれ以上見込めない状態に達していると判断され、事故によるケガとしての治療は終了したものとして処理されてしまうと、それ以降に立て替えた治療費を損害として請求することが非常に難しくなります。
打ち切りのタイミングで「事故のケガとしての通院はいったん終わりにしてはどうか」というような話が医師から出た場合には注意が必要です。
- 先進医療には健康保険が使えないこと
国の定める先進医療に該当する治療を受ける場合、治療費は全額自己負担となり、健康保険は使えません。高額療養費の払い戻しもなされません(なお、医療費控除の対象にはなるので、領収証は保管しておきましょう)。
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また、交通事故によるケガで先進医療を受ける場合、相手方保険会社から、必要性・相当性のない高額診療だとして、事故の損害であることを否認される可能性もあります。先進医療を検討する場合には、主治医と、先進医療の必要性や、保険診療で行える治療との代替性をよく話し合うようにしましょう。
- 整骨院・接骨院の治療の一部には健康保険が使えないこと
整形外科の他に、整骨院や接骨院での治療を行う方もいらっしゃいます。しかし、整骨院などでの治療では、健康保険を利用できる範囲が制限されます。
事故によるケガの治療で整骨院に通う場合、健康保険が適用されるのは、打撲・捻挫などの外傷性の症状であることがはっきりしているもののみです。骨折や脱臼の場合、応急処置を除き、あらかじめ医師の同意を得ていないと健康保険は使えません。また、病院で重複した治療を行っている場合には、健康保険を利用することはできません。
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交通事故によるケガの治療に整骨院などを利用することは、治療費打ち切り防止や適正な後遺障害等級の認定の面でもマイナスに働きやすい要素です。一括払い対応の場合と健康保険を利用する場合とを問わず、治療は基本的に病院で受けましょう。
健康保険を利用した方がよいかお悩みなら一度弁護士に相談する
ここまで、交通事故の治療で健康保険を利用する際の手続きやメリット、注意点などについて解説してきましたが、健康保険を活用することで、費用面での負担を抑えることができるため、状況に応じて利用するとよいでしょう。
ケガや病院の状況により、健康保険を利用した方がよいかお悩みであれば、一度弁護士にご相談してから判断する方法もあります。治療を優先する上でも、早めにお問い合わせ・ご相談されることをおすすめします。
交通事故被害による示談交渉は弁護士にご相談ください
この記事の監修
交通事故の被害者の方は、ただでさえケガの痛みで苦しい思いをされているなかで、初めての諸手続きの大変さや先の見通しの不安を抱えて生活されています。弁護士は医者と違い、ケガの痛みを癒すことはできませんが、不安を取り除くともに、適正な賠償を受ける手助けをできれば幸いです。
弁護士三浦 知草
-
上野法律事務所
- 東京弁護士会
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