相続トラブルの基礎知識
相続トラブルの基礎知識
「父親が亡くなった後、自分以外のきょうだいに遺言が残され、内容を確認すると、自分にはほとんど遺産が相続されないものだった…」
「自分に不利な遺言内容だったが、調べてみると遺留分の権利はありそうなので、どうにかしたい。」
「遺留分の権利を主張したいが、いつまでにどのような手続きをしてよいのかわからない。」
このように、被相続人の遺言内容によっては、自身が相続できる遺産内容に納得できず、すぐ弁護士に相談する方もいれば、なんとかしたいと調べる過程で「遺留分」という制度にたどり着く方も多いと思います。
遺留分侵害額請求を行使するにあたっては、期間の制限、いわゆる時効があることをご存じでしょうか?この時効を過ぎたあとでは、いかに権利があっても行使することができなくなるため、特に注意が必要です。
ここでは、遺留分の時効や時効の止め方、遺留分を請求した後の注意点などについて解説します。
遺留分の請求には、「時効」と呼ばれる1年間の期間制限と、「除斥期間」という10年間の期間制限の2つの制限があります。 民法の改正によって、2019年7月から遺留分の制度にも変更がありましたが、この2つの期間制限の仕組みはそのまま維持されています。
まず、遺留分を請求できる権利は、「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」から1年で時効にかかってしまいます(民法1048条)。
「相続の開始…を知った時」とは、相続が発生したこと(被相続人がお亡くなりになったこと)と自分が相続人であることの両方を知った時を指します。
一方、「遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」とは、実際に自分の遺留分を侵害するような贈与・遺贈があったことを知った時を指します。たとえば、遺言書が存在することを知っただけでなく、その遺言書に、ほとんど全ての遺産を他のきょうだいに遺贈するという内容が書かれていると知った時点から、時効が進行しはじめます。
このように、被相続人がお亡くなりになったこと・自分が相続人であること・遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことの3つ全てを知った時から時効の進行は始まります。
もっとも、これら3つについて、実際に知った時点を証明するのが難しい場合もあり、「知った時」がいつかを巡って争いになる可能性もあります。そのため、できる限り被相続人が亡くなってから1年以内に遺留分の請求をするのが望ましいといえます。
たとえ相続が発生したことを知らなかったとしても、相続を開始してから10年間が経つと、遺留分の請求権は消滅してしまいます。
この10年の制限期間を「除斥期間」といい、遺留分を請求する人の事情に関わりなく、機械的に進行してしまいます。この期間の進行は止めることができません。そのため、被相続人と生前交流がない場合などに、亡くなったことを知らずに相続開始から10年が経過すると、遺留分は請求できなくなってしまいます。
遺留分の請求権の時効を止めるためには、相手方に遺留分の請求の意思表示をする必要があります。意思表示の方法に決まりはありませんが、書面で行わないと「言った・言わない」の問題になってしまいます。後から争われることを防ぐため、配達証明付きの内容証明郵便による方法が望ましいと言えます。
意思表示により時効の進行を止めた後は、まずは相手方との協議や、裁判所での調停など、話し合いによる解決を目指すのが一般的です。この際、調停を申し立てるだけでは時効を止めることはできないため、やはり内容証明郵便などで意思表示を行っておく必要があります。相手方が遺留分の請求に応じず、話し合いでの解決ができないような場合には、最終的に訴訟で決着をつけることになります。
遺産を受け取った人が一人だけであれば、その人に対して意思表示をすればいいことは明らかです。しかし、Aさんには不動産を、Bさんには預貯金を…というように複数の人に多額の贈与・遺贈が行われている場合など、誰に対して意思表示をすべきか判断が難しいときもあります。本来意思表示をすべき相手を見落とし、遺留分の請求権が時効にかかってしまう事態を防ぐため、判断に迷う際には弁護士に相談することも考えましょう。
一度意思表示を行うと、遺留分の請求権自体はもう時効にかかることはありません。
しかし、その後新たに発生した権利関係については、遺留分の請求権とは別に時効が進行する場合がありますので、注意が必要です。たとえば、改正後の民法では、金銭の支払い請求権は5年で時効にかかるので、せっかく遺留分の請求権の時効を止めてもお金を支払えと言えなくなってしまう場合もあるのです。
そのため、遺留分の請求権について時効を止めたあとも、できる限り速やかに手続きを進めるべきであるといえます。
自分に不利な遺言が作られていた場合、「認知症だった父がこんな内容を書けたはずがない、この遺言は無効だ!」と争いたくなることもあるでしょう。遺言の無効を勝ち取るためには裁判で勝訴判決を得る必要がありますが、無効が認められるハードルはかなり高いものです。
遺言の効力を巡って裁判をしている間にも、遺留分の請求権の時効は進んでいきます。遺留分を請求することは、遺言が有効であることを認めたように思え、気が進まない場合もあるでしょう。しかし、裁判で遺言無効が認められなかった場合には、遺留分の権利が最後の頼みの綱となります。「遺言が有効になったうえ、遺留分も請求できなかった」という事態にならないよう、時効にかかる前に遺留分の請求をしておくことが重要です。
遺言の無効を主張しながら、予備的に遺留分を請求することも可能ですが、法律上複雑な方法をとらなければなりません。遺言の無効を主張したい方は、無理にご自身で手続きを進めようとせず、一度お早めに弁護士に相談するのがよいといえます。
ここまでお伝えしたとおり、遺留分の請求には期間制限がありますが、請求の意思表示をすることで、時効を止めることができます。
関係者の数やご希望の手続きによっては、時効を止める手続きが複雑になる場合もありますので、ご不安な場合には、なるべく早めに弁護士などの専門家に相談をすることをお勧めします。
谷 靖介
Yasuyuki Tani
遺産分割協議や遺留分に関するトラブル、被相続人の預貯金使い込みや遺言内容の無効主張など、相続紛争問題を中心に、法律を通してご依頼者の方が「妥協のない」「後悔しない」解決を目指し、東京都を中心に活動を行っている。