交通事故被害の基礎知識

交通事故における口の後遺障害

交通事故における口の後遺障害

交通事故における「口」の後遺障害には、食べ物を噛み砕くことが困難となる「咀嚼(そしゃく)の機能障害」および発音や発声が困難となる「言語の機能障害」について6段階、歯を失ったり欠けた歯を補うための補綴(ほてつ)を加える「歯牙障害」について5段階の後遺障害等級が定められています。等級表に定めがあるものの他にも、食べ物をうまく飲み込むことが困難な嚥下(えんげ)障害、味覚障害といった症状が後遺障害に当たります。

ここでは、それぞれの障害の内容や後遺障害の等級について解説します。

この記事の内容

口の構造について

口周辺の構造を示したイメージイラスト

口は消化器の入り口で、口腔に入った食物を噛み(咀嚼)、飲み込む(嚥下)機能をもっています。口腔は、前方の口唇、横の頬、上方の口蓋、下方の舌、後方の口峡で構成されます。また、後方は咽頭へ通じる部分で囲まれた空隙です。

口には、唇、顎、舌、歯などの働きで咀嚼を行い、また、発声器による言語機能および味覚器としての重要な役割があります。

咀嚼または言語の機能障害について

障害等級表では、咀嚼機能と言語機能とを併せて等級が定められています。

咀嚼機能と言語機能の両方を障害された場合と、いずれか一方を障害された場合とで、合わせて6段階に分かれます。また、等級表に直接の定めのない障害について、2つの等級があります。

咀嚼および言語の機能障害と等級

等級 障害の程度・認定基準
第1級2号 咀嚼及び言語の機能を廃したもの
第3級2号 咀嚼又は言語の機能を廃したもの
第4級2号 咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの
第6級2号 咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの
第9級6号 咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの
第10級3号 咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの
第12級相当 開口障害等の原因により咀嚼に相当時間がかかるもの
第12級相当 声帯麻痺による著しいかすれ声

等級表にない組み合わせの咀嚼機能障害と言語機能障害とが併存する場合には、それぞれの等級が、一定のルールに従って併合されます。

例えば、咀嚼機能に「著しい障害」(第6級2号)が、言語機能に単なる「障害」(第10級3号)が残ったような場合には、重い方の6級が1つ繰り上がり、2つの障害を併せて併合第5級という扱いになります。

咀嚼の機能障害について

ここでは咀嚼の機能障害とその検査方法についてご説明します。

咀嚼の機能障害とは?

咀嚼とは、飲み込みやすい状態になるように、食物を噛むことです。咬合不全(嚙み合わせの不全)、開口障害、あごの関節や筋肉の損傷などを原因として、食物をまったく、あるいは十分に嚙むことができなくなるのが、咀嚼機能障害です。

咀嚼機能の障害は、上下咬合(上下の歯の嚙み合わせ)、排列状態(歯並び)、下顎の開閉運動などにより、総合的に判断します。

咀嚼の機能を廃したもの(用廃)

流動食以外は摂取できないものをいいます。

咀嚼の機能に著しい障害を残すもの

粥食またはこれに準ずる程度の食べ物しか摂取できないものをいいます。

咀嚼の機能に障害を残すもの

固形食物の中に咀嚼ができないものがあること又は咀嚼が十分にできないものがあり、そのことが医学的に確認できる場合を指します。

「固形食物の中に咀嚼ができないものがある」の例としては、たくあん、らっきょう、ピーナッツ等の一定の固さがあるものが咀嚼できないことが挙げられます。

「医学的に確認できる」とは、不正な嚙み合わせ、顎関節の障害、開口障害、補綴のできない歯牙損傷などの原因が、医学的に確認できることを指します。

開口障害等の原因により咀嚼に相当時間がかかるもの

「開口障害」は、あごの骨の骨折や顔面神経麻痺などにより、口を正常の2分の1以下しか開けられない状態を指します。男性で55mm、女性で45mmの開口が日本人の平均値で、おおよそ自分の指3本分の幅です。2分の1以下しか口が開かなくなると、揃えた指2本を口に入れることができなくなります。

また、「開口障害等」には、不正咬合(嚙み合わせの不正)、咀嚼に使う筋肉の脆弱化などを含みます。

「咀嚼に相当時間を要する」とは、日常の食事で食物の咀嚼はできるものの、食物によっては咀嚼に相当の時間がかかるものを指します。等級表を見ても記載はありませんが、その障害の程度から、後遺障害等級第12級として扱う(「準用」する)ものとされています。

咀嚼の機能障害の検査方法

咀嚼機能の検査方法としては、大きく分けて次の2つがあります。

ふるい分け法

ピーナッツ・生米・煎餅といった試料を患者に嚙んでもらい、嚙み砕いた試料をふるいにかけて、粉砕度を測定する検査です。「篩分(しぶん)法」ともいいます。

古くから用いられてきた方法ですが、検査に時間がかかる他、食品の状態などの検査条件により結果にブレが出やすいというデメリットがあります。

食べ物に含まれる内容液の溶出量を調べる方法

近年多く用いられているのが、食べ物に含まれる内容液の溶出量を調べる方法です。検査用のガムやグミゼリーといった試料を患者に嚙んでもらい、溶出されるグルコースや色素などの分量を調べるものです。使われる試料によって、吸光度法、発光ガム法、グルコセンサー検査などがあります。

検査は短時間で終わり、結果のブレも少ないですが、検査用の試料・検査機械を備えた歯科で実施する必要があります。

咀嚼機能について、後遺障害の申請をする際には、これらの検査を受けるに先立ち、被害者ご本人またはご家族が、「そしゃく状況報告表」という書類を作成します。これは、サンプルとして挙げられた様々な食物について、咀嚼できるかどうかの自覚症状を、〇△×で回答するものです。

ご本人が記載した自覚症状に対応するケガがあるかどうかは、上で挙げた検査の他、CTやレントゲンなどの画像や、医師による視診・触診により判断します。

言語の機能障害について

言語障害とは、「語音」の発音ができなくなる障害です。私たちの声は、口腔の形の変化によって語音になります。この語音が一定の順序で連結されることでひとまとまりの言葉となるため、ケガにより形成できなくなった語音があると、話すことに支障が生じます。

語音は、以下の4種に分類されます。

口唇音 マ行、パ行、バ行、フです。
歯舌音 ナ行、タ行、ダ行、ラ行、サ行、シュ、シ、ザ行、ジュです。
口蓋音 カ行、ガ行、ヤ行、ヒ、ニュ、ギュ、ンです。
咽頭音 ハ行です。

言語障害の等級は、語音のうちいくつを発音できないかによって区分されます。

言語の機能を廃したもの 4種の語音のうち、3種以上の語音を発音できないものをいいます。
言語の機能に著しい障害を残すもの 2種以上の語音を発音できないもの、または、語音を一定の順序に連結する「綴音(てつおん)機能」に障害があるため言語のみを用いた意思疎通ができないものをいいます。
言語の機能に障害を残すもの 1種の語音が発音できないものをいいます。
声帯麻痺による著しいかすれ声 咽頭部や頸椎の負傷で、声帯を支配する「反回神経」が麻痺した場合などには、嗄声(させい。かすれ声のこと)の障害が残ることがあります。等級表を見ても記載はありませんが、その障害の程度から、後遺障害等級第12級として扱う(「準用」する)ものとされています。

なお、脳の損傷により、言語を操る能力が障害されて話すことができなくなった場合には、口の障害ではなく、「高次脳機能障害」として扱われます。高次脳機能障害の場合、話す以外の能力も含めて言語野全体が障害されるケースが多いです。脳の機能障害全体を1つの障害とみて、その等級の重さが判断されます。

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歯牙障害について

歯牙障害は、まるごと失った歯や、著しく欠損した歯に「歯科補綴(ほてつ)」を加えた場合の障害です。

「歯科補綴(ほてつ)」には、詰め物、クラウン(被せ物)、ブリッジ、入れ歯、インプラントといったものがあります。

歯牙障害の後遺障害等級は以下のとおりです。

歯牙障害と等級

等級 障害の程度・認定基準
第10級4号 14歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
第11級4号 10歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
第12級3号 7歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
第13級5号 5歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
第14級2号 3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの
  • ※「歯科補綴を加えたもの」とは、抜歯を含めて実際に喪失や著しく欠損した歯牙(歯冠部の4分の3以上の欠損)に対する補綴、および歯科技工上、残存歯冠部の一部を切除したために歯冠部の大部分を欠損したものと同等な状態になったものに対して補綴したものをいいます。

歯牙障害等級の間違えやすい点

歯牙障害で、どの歯を後遺障害の対象としてカウントするかについては、いくつか間違えやすい点があります。

欠損していない歯は「歯科補綴(ほてつ)を加えたもの」に当たらない

後遺障害認定の対象となる「歯科補綴(ほてつ)」は、歯冠部(歯の見えている部分)の4分の3以上を欠損した歯に対するものに限られます。欠けのない歯・欠けの少ない歯に被せ物をしたような場合には、後遺障害の対象となる歯としてはカウントしません。

治療で失った歯も対象になる

事故そのもので失った歯だけでなく、治療のために抜いたり削ったりした歯もカウントします。

例えば、ブリッジをする場合には、喪失歯の左右の歯を削ってから人工歯を被せますので、左右2歯をそれぞれ4分の3以上削っていれば、「3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの」として後遺障害が認定されます。「抜けたのは1本だから後遺障害には当たらない」と考えて、そのまま示談に進んでしまうと、後遺障害部分の賠償がなされず、本来より大幅に低い示談金額になってしまうため注意が必要です。

既存障害歯の扱いに注意する

もともと虫歯などで歯が抜けていた人が、事故でさらに別の歯を失うことがあります。この場合、単純に事故で抜けた歯の本数をカウントするという処理はせず、「加重障害」として扱います。

具体的には、現在歯科補綴(ほてつ)を加えている全ての歯の分の後遺障害の等級と、事故前に失った歯だけの分の等級を比較し、事故によってより上位の等級に繰り上がっている場合には、前者の賠償金から後者の賠償金分を差し引いた金額が受け取れるという扱いです。

例をあげて説明します。事故前に3歯に歯科補綴(ほてつ)をしている人が、事故でさらに2歯を失った場合、認定は後遺障害等級第14級2号ではなく、加重障害の第13級5号となり、第13級の賠償金額から第14級分を差し引いた金額を受け取ることができます。

なお、事故前から14歯以上がなかった場合には等級の繰り上げはなされませんが、慰謝料を増額することで衡平を図っている裁判例もあります。

対象とならない歯がある

抜歯する人も多い親知らず(第三大臼歯)や、子どもの乳歯については、評価対象外です。

歯牙障害特有の問題

歯牙障害には、その性質による特有の問題があります。

逸失利益は認められない

後遺障害が認定された場合、通常であれば等級に応じた「逸失利益」の請求ができます。逸失利益とは、後遺障害により労働能力を喪失したことについての損害です。歯の障害の場合、通常は労働能力に影響を及ぼすことがないため、歯牙障害による逸失利益は認められません。

逸失利益が認められない分、慰謝料金額を通常よりも増額させて衡平をはかっている裁判例もあります(横浜地判平成29年12月4日、東京地判平成16年8月25日自保1603・9など)。

将来治療費の請求ができる場合がある

交通事故のケガについての治療費が請求できるのは、通常は「症状固定」の時点までです。

「症状固定」は、症状が一進一退の状態となり、もはや治療の効果が出ない状態に達することをいい、症状固定時点で残存している症状は後遺障害として扱われます。治療の効果が出なくなっている以上、症状固定後の将来の治療費は基本的に請求できません。

歯牙障害の場合、歯科補綴(ほてつ)を加えて状態が安定すれば症状固定となります。しかし、インプラントなどの器具は、症状固定後も定期的に歯科に通ってメンテナンスをしなければなりません。また、耐用年数も10~20年ほどであり、耐用年数を超えた時点で再度埋め込み手術を行う必要が出てきます。

こうしたメンテナンス費用や再手術の費用は、将来の治療費として例外的に認められたケースがあります(前掲横浜地裁、千葉地裁佐倉支部判平成31年1月10日など)。

嚥下障害について

嚥下障害とは、「飲み込み」が困難になる障害で、柔らかいものしか飲み込めなくなったり、飲食時にむせるようになったりする結果、誤嚥性肺炎や栄養不良に陥りやすくなります。

嚥下障害は、舌や咽喉(のど)の筋肉や神経が損傷したり、食道が狭窄した場合などに生じます。交通事故では、頚椎固定術の手術後や、頭部外傷で脳にダメージを受けた結果、のどを支配する神経が麻痺した場合などに生じます。

嚥下障害について、障害等級表に直接の定めはありませんが、咀嚼機能の障害に準じて等級が当てはめられます(準用)。

嚥下障害と等級

等級 障害の程度・認定基準
第3級相当 嚥下の機能を廃したもの
第6級相当 嚥下の機能に著しい障害を残すもの
第10級相当 嚥下の機能に障害を残すもの

咀嚼(噛む)機能と嚥下(飲み込む)機能の両方に障害が残っている場合には、高い方の等級のみが認定されます。

嚥下障害の検査

嚥下障害の検査としては以下にあげるものがあります。検査には耳鼻咽喉科の受診が必要です。

咽頭知覚検査 鼻から挿入したカテーテルの管から生理食塩水を注入し、自然嚥下までの時間を調べる検査です。
咽頭ファイバースコープ検査 内視鏡を用いて下咽頭や喉頭の機能を調べる検査です。
嚥下造影検査 造影剤を含んだ食品を飲み込んでもらい、嚥下の様子を調べる検査です。信頼性が高い一方で、誤嚥のリスクを考慮する必要があります。

味覚障害について

味覚障害は、舌で味を感じられなくなる障害で、舌自体の損傷の他、頭部外傷や顔面神経麻痺を原因として生じます。味覚障害について障害等級表に直接の記載はありませんが、障害の程度により以下の等級が認定(準用)されます。

味覚障害と等級

等級 障害の程度・認定基準
第12級相当 味覚を脱失したもの
第14級相当 味覚を減退したもの

味覚障害は、甘味・塩味・酸味・苦味の「基本4味質」で判定し、いくつの味を認知できるかによって等級が分けられます。

味覚を脱失したもの 基本4味質すべてが認知できないものをいいます。
味覚を減退したもの 基本4味質のうち1味以上を認知できないものをいいます。

味覚障害の検査について

味覚障害の検査には、「ろ紙ディスク法」の最高濃度液検査を行います。

ろ紙ディスク法は、甘味・塩味・酸味・苦味の味がついたろ紙を舌の上におき、味を感じるのかを調べる方法です。薄い味から濃い味まで5段階で検査しますが、最高濃度にしても味を感じない場合に、その種類の味を認知できないと捉えます。なお、味覚が正常とされるのは、5段階の内レベル3までです。

味覚障害は、時間が経つことで回復することも多いため、療養終了から6か月を経過してから等級を認定することになります。

味覚障害と逸失利益

味覚障害についても、逸失利益が生じているか否かが争いになることがあります。

被害者の仕事がデスクワークなどの場合、逸失利益が認められにくい一方、料理人などの味覚が重要な職業の場合、等級よりも高額な逸失利益が認められることもあります。

醜状障害

口周辺の傷あとの他、顎関節の変形、顔面神経麻痺による口のゆがみが生じた場合には、外貌醜状として後遺障害となります。

醜状障害の等級は以下のとおりです。

醜状障害と等級

等級 障害の程度・認定基準
第7級12号 外貌に著しい醜状を残すもの
第9級14号 外貌に相当程度の醜状を残すもの
第12級14号 外貌に醜状を残すもの

口の後遺障害の等級認定に向けた留意点について

口の後遺障害の等級認定に当たって留意すべき点をみていきましょう。

なるべく早く専門医を受診する

治療開始の遅れは、予後不良につながるリスクがある上、事故との因果関係が否定されやすくなることにもつながります。自覚症状が現れた場合には、速やかに専門の医師の診察を受けるようにしましょう。

必要な検査を漏らさない

口の障害は、口腔外科、耳鼻咽喉科、歯科、形成外科、脳神経外科、整形外科など、複数の診療科にまたがって生じることも多く、後遺障害申請に必要な検査をそれぞれの診療科で受けなければならないことから、検査の負担が大きくなりがちです。

しかし、残っている症状のなかで、どの障害について等級がつくか、何級が認定されるかは、検査を受けてみないとわからないことも多いです。必要な検査を受けないことで、適正な後遺障害が認定されず、後遺障害の実態に見合った賠償がなされなくなってしまうことがありますので、必要な検査は全て受けるようにしましょう。

どのような検査を受けるべきかわからない場合には、交通事故に詳しい弁護士に相談してみましょう。

症状固定の時期に注意する

ある症状について、いったん症状固定の判断がなされると、基本的にその症状の治療に関するその後の治療費は支払われません。しかも、その後に治療を続けてもそれ以上の入通院慰謝料が発生することもなくなります。そのため、今後複数回の手術を予定しているなど、費用がかかることが見込まれるようなケガの場合、症状固定を急ぐことは避けた方がよいといえます。

一方で、高次脳機能障害などの年単位の治療を要する症状と、外観醜状のような時間の経過とともに徐々に軽減していく症状とが併存する場合、高次脳機能障害の症状固定を待って後遺障害申請を行うと、外貌醜状の等級が不当に低くなってしまう場合があります。

各症状について、いつを症状固定とし、どのタイミングで後遺障害申請をすべきかは、ケガの箇所・程度・今後予定される治療などによって異なります。判断に迷う場合には、交通事故に精通した弁護士にご相談ください。

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この記事の監修

交通事故の被害者の方は、ただでさえケガの痛みで苦しい思いをされているなかで、初めての諸手続きの大変さや先の見通しの不安を抱えて生活されています。弁護士は医者と違い、ケガの痛みを癒すことはできませんが、不安を取り除くともに、適正な賠償を受ける手助けをできれば幸いです。

弁護士三浦 知草

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