交通事故被害の基礎知識

交通事故における脊髄損傷の後遺障害

交通事故における脊髄損傷の後遺障害

脳と体の各部をつなぐ「脊髄」は、脳と同じ中枢神経にあたり、脳からの命令を身体の各部位に伝えています。交通事故などで脊髄が損傷すると、脳からの指令が断たれてしまうため、損傷した部位以下が麻痺症状を起こし、損傷部位が脳に近いほど麻痺する部位が広範囲となります。例えば、首の部分(頚髄)を損傷すると上半身と下半身が麻痺し、腰の部分(腰髄)を損傷すると下半身が麻痺します。

脊髄の損傷部位が修復・再生することはなく、現在の医療技術では確立した治療法もないことから、完治することができません。

脊髄の損傷は重篤な症状につながるため、部位によっては半身不随など、重度の障害となるおそれもあります。

ここでは、脊髄損傷の内容や後遺障害の等級について解説します。

この記事の内容

脊髄について

脊髄は、脳と体の各部位を結ぶ通信経路の役割を果たす神経組織です。長いチューブ状の構造になっており、脳の下部から身体の下方へと伸びています。脊髄は背骨(脊柱)に守られており、脊柱を構成する各椎骨の間には、日々の身体活動の衝撃を弱める椎間板があります。

脊髄からは、脊髄神経が左右1対、一定間隔で出ています。この脊髄神経は、頭側から順に、8対の頸神経、12対の胸神経、5対の腰神経、5対の仙骨神経、1対の尾骨神経に区分されます。

脊髄は、脳が発する指令・情報を受け取って伝達し、脊髄神経を介して各部に出力します。同時に、身体の各部から刺激が入力されると、感覚神経を通って脳に出力する機能を持ちます。また、熱いものに触れたときに咄嗟に手をひっこめる、といった脊髄反射も大切な機能です。

すでに述べたとおり、脊髄は長いチューブ状の一続きの構造です。そのため、脊髄を損傷してしまうと、損傷箇所から下の部分は、脳との連絡経路が断たれた状態になり、脳から指令を受けることも、末端からの刺激を脳に伝えることもできなくなってしまいます。脳に近い上の方が損傷するほど、麻痺する部位が拡大してしまうのはこのためです。

脊髄損傷の分類と麻痺の症状について

脊髄損傷は、損傷の状態により「完全損傷」と「不完全損傷」に分けられます。

完全損傷

脊髄が完全に分断されてしまう状態です。損傷した部分から下は、脳との連絡経路が完全に断絶してしまうため、運動機能と感覚機能の両方が失われ、「完全麻痺」の状態になります。

不完全損傷

脊髄の一部が損傷した状態です。脊髄の一部は繋がっている状態であるため、運動機能や感覚機能が多少残存する「不全麻痺」の状態になります。

脊髄損傷の麻痺の症状について

脊髄は、損傷箇所によって、麻痺の生じる範囲が異なります。脊髄は、上から頚髄(C1〜8)、胸髄(T1〜12)、腰髄(L1〜5)、仙髄(S1〜5)、尾髄、馬尾に分けられます。

損傷部位と主な障害の内容は以下のとおりです。

損傷部位と主な麻痺の症状

C1〜3 ・頚から下の運動機能を喪失
・自力で呼吸が維持できず、人工呼吸器が必要
C4〜5 ・頚から下の運動機能を喪失
・横隔膜の機能は維持され、自発呼吸は可能
C6〜7 ・一部の上腕、胸部の筋肉を動かせる
・車椅子使用可能
T1〜3 ・上肢の機能は維持される
T4〜9 ・臍から上の体幹の運動ができる
T10〜L1 ・膝より下は麻痺だが大腿の多くの筋肉を動かせる
・装具をつけて歩行できる
L1〜2 ・大腿・下腿の多くの筋肉の動きを維持できる
S3〜5 ・排尿障害が残る

麻痺の症状は、麻痺が生じる部位によって、「四肢麻痺」「片麻痺」「対麻痺」「単麻痺」の4つに分けられます。

四肢麻痺

上肢・下肢の全てに麻痺が生じた状態です。頚髄部分を損傷した場合などに生じます。

片麻痺

右上肢と右下肢のように、同じ側の上肢及び下肢に麻痺が生じた状態です。脳の障害を原因として、損傷した脳の部分と反対側の半身に生じる場合が多いです。

対麻痺

両側の下肢に麻痺が生じた状態です。胸髄・腰髄部分を損傷した場合などに生じます。

単麻痺

四肢のうちどれか1肢のみに麻痺が生じた状態です。脊髄そのものの損傷ではありませんが、バイクや自転車の事故で肩口から転倒した場合などに生じる「腕神経叢麻痺」は、上肢の完全麻痺が生じる典型的なケガです。

脊髄損傷における後遺障害等級の認定基準

脊髄損傷が起きると、介護を必要とするような重い後遺障害を残すことも多くなります。また、身の回りのことは自分でできても、労働能力を大きく喪失する場合が多いといえます。

脊髄損傷の後遺障害等級と、等級ごとの労働能力喪失率は以下のとおりです。

脊髄損傷で認定される可能性がある後遺障害等級と認定基準

等級 認定基準 労働能力
喪失率
第1級 脊髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの 100%
第2級 脊髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもの 100%
第3級 生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、脊髄症状のために労務に服することができないもの 100%
第5級 脊髄症状のため、きわめて軽易な労務のほかに服することができないもの 79%
第7級 脊髄症状のため、軽易な労務以外には服することができないものであり、一下肢の中等度の単麻痺が認められるもの 56%
第9級 通常の労務に服することはできるが、脊髄症状のため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの 35%
第12級 運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺を残すもの 14%

各等級の具体的な内容は以下のようになります。

脊髄損傷の該当症状と後遺障害等級

等級 該当症状
第1級1号 「脊髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」であり、以下のものが該当する。
(a)高度の四肢麻痺が認められるもの
(b)高度の対麻痺が認められるもの
(c)中等度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
(d)中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
第2級1号 「脊髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもの」であり、以下のものが該当する。
(a)中等度の四肢麻痺が認められるもの
(b)軽度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
(c)中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
第3級3号 「生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、脊髄症状のために労務に服することができないもの」であり、以下のものが該当する。
(a)軽度の四肢麻痺が認められるもの(上記「第2級1号」の(b)に該当するものを除く
(b)中等度の対麻痺が認められるもの(上記「第1級1号」の(d)又は「第2級1号」の(c)に該当するものを除く)
第5級2号 「脊髄症状のため、きわめて軽易な労務のほかに服することができないもの」であり、以下のものが該当する。
(a)軽度の対麻痺が認められるもの
(b)一下肢の高度の単麻痺が認められるもの
第7級4号 「脊髄症状のため、軽易な労務以外には服することができないもの」であり、一下肢の中等度の単麻痺が認められるものが該当する。
第9級10号 「通常の労務に服することはできるが、脊髄症状のため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」をいい、一下肢の軽度の単麻痺が認められるもの
第12級13号 「通常の労務に服することはできるが、脊髄症状のため、多少の障害を残すもの」をいい、運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺を残すものが該当する。また、運動障害は認められないものの、広範囲にわたる感覚障害が認められるもの
  • ※その他、脊髄損傷による障害が単一で該当等級があるときは認定されます。

脊髄損傷により生じた後遺障害は、基本的に上記の障害等級表にそって認定されます。もっとも、脊髄損傷によって生じた障害が単一であって、かつ、当該障害について障害等級表上該当する等級がある場合には、その等級が認定されます。例えば、脊髄の下の方を損傷した場合、手足に麻痺は生じずに神経性膀胱障害(排尿障害、尿失禁)のみが残ることがありますが、この場合には脊髄損傷の等級表ではなく、泌尿器の障害等級が認定されることになります。

ご自身の障害にどのような等級が妥当するかわからない場合には、弁護士に相談してみましょう。

脊髄損傷の等級認定に向けた留意点について

ここでは、脊髄損傷の後遺障害等級認定に関する留意点を解説します。

「画像所見」の重要性

脊髄損傷について、適正な等級が認定されるためには、「画像所見」、すなわちレントゲン・MRI・CTなどの検査画像から、脊髄の異常がわかることが非常に重要です。

レントゲン画像だけでは、細かな損傷は写らないこともあるので、必ずMRI画像を撮影するようにしましょう。

また、「中心性脊髄損傷」などの場合、損傷したのち早期にMRI撮影をしないと、脊髄の異常が写らない可能性が高まります。

画像所見がない場合、むちうち症と同じように第14級9号が認定されるか、等級非該当になってしまうおそれもあります。脊髄損傷が疑われる場合には、早期にMRIなどの画像検査を受けるようにしましょう。

日常生活・労働への支障の立証資料の必要性

脊髄損傷の場合、労働や日常生活にどの程度支障が生じているかを丁寧に証明することが重要です。

通常の後遺障害診断書のほか、「脳損傷又はせき髄損傷による障害の状態に関する意見書」や「脊髄症状判定用」の書類を主治医に作成してもらい、介護の必要性(第1級及び第2級)や労働能力喪失率(主に第3級より軽度のもの)を立証することになります。

後遺障害は、等級ごとに「労働能力喪失率」が定められており、等級が変わると「逸失利益」(後遺障害により労働能力を失ったことによる損害)の金額が大きく増減します。後遺障害慰謝料についても、等級ごとに基本となる金額が定められています。

また、第1級・第2級は、介護が必要な状態であると認められるため、認定されると将来の介護費を請求することができます。

認定される等級が1つ変わると、数百万円単位で賠償金額が変動することになります。裁判所は、自賠責保険の認定に縛られるわけではないのですが、認定された等級を、損害額を算定する際の重要な要素として考えています。裁判で、認定等級より重い後遺障害を認めてもらうことのハードルは高いため、自賠責保険の認定段階で、必要な資料をしっかり提出し、適正な等級の認定を受けることが重要です。

資料の準備などに不安がある場合や、事前認定で認定された等級が適正なのかに疑問がある場合には、一度弁護士に相談されることをおすすめします。

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この記事の監修

交通事故の被害者の方は、ただでさえケガの痛みで苦しい思いをされているなかで、初めての諸手続きの大変さや先の見通しの不安を抱えて生活されています。弁護士は医者と違い、ケガの痛みを癒すことはできませんが、不安を取り除くともに、適正な賠償を受ける手助けをできれば幸いです。

弁護士三浦 知草

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